ITの進展はかつてとは比べものにならないくらい、個人の力を大きく飛躍させた。一人でできることが広がり、イノベーションの可能性が一気に高まったのだ。その申し子ともいえるのが「未踏IT人材発掘・育成事業」(以下、未踏)に採択されたクリエータたち。彼らを登用することで、企業は「多様性」と「独創性」を手に入れ、新たな成長路線に大きく舵を切れる。未踏の意義と可能性について、統括PMを務める慶應義塾大学 政策・メディア研究科 特別招聘教授の夏野剛氏に話を聞いた。
平均点教育とは逆張りの「未踏」

—日本のIT産業が置かれた状況をどのように見ていますか。
日本は90年代以降、低成長時代に入り、そこからなかなか抜け出せずにいます。社会全体が閉塞感に満ちていると言わざるを得ないでしょう。IT産業も例外ではありません。生活やビジネスに欠かせない存在となったITには、まだまだ多くの可能性があり、産業としての発展も期待できます。しかし、日本では世界に通用するような革新的な製品やサービスがなかなか生まれてこないのが現状です。
理由は色々考えられますが、一つには社会制度が旧態依然としたままだということが挙げられます。今の社会制度の多くは高度経済成長期につくられたもの。特に人材育成は、平均点を上げていく教育が長く行われてきました。これは国が成長段階にある場合は非常に有効な仕組みですが、低成長時代には通用しません。人と同じことをやっていても、革新は生まれないからです。
みんなと違うこと、ほかの会社と違うことをやって競争することで、成長が生まれるのは自明の理でしょう。そのためには「多様性」と「独創性」を持つことが大切です。これからは組織の中に、いかに多様性・独創性を持たせるかが非常に重要なテーマになります。
—そうした中、夏野さんが統括PMを務めていらっしゃる「未踏」とはどのようなものでしょうか。
未踏は平均点教育とはまったくの逆張り。「平均的評価なんかどうでもいい」「とにかく前例のないことを持ってこい」というプロジェクトです。その中から平均的・常識的概念では推し量れない“若い突出したIT人材”の発掘・育成を目指しています。
提案内容が採択されれば、クリエータに認定され、その実現に向けて予算が割り当てられます。またプロジェクトマネージャー(PM)や統括PMがアイデアを形にする上で必要な視点や手順、人脈などを紹介し、実用化や製品・サービスの事業化をサポートします。
クリエータの力は常人の数万倍に匹敵

—企業ではなく、個人を対象にしているのはなぜですか。
ITの進展は、組織と個人のパワーバランスを完全に変えてしまいました。以前は組織に属さないと知識や情報を得られなかったのですが、今はインターネットで検索すれば、いくらでも専門的な情報にアクセスできます。学会の論文や専門家が出席したカンファレンスなど、それこそ世界中のありとあらゆる情報を簡単に入手可能です。
個人でどんどん必要な情報を探し出し、活用し、先へ先へと進んで行けます。今の日本社会を覆う閉塞感を打開するには、特定の分野で突き抜けた“若い突出したIT人材”の力が必要です。だから、未踏は個人を投資対象にしているのです。
—実際にこれまでクリエータと接する中で感じたこと、率直な評価をお聞かせください。
未踏は12年以上継続しており、その中で1500名を超えるクリエータおよび244名のスーパークリエータを輩出してきました。彼らと直に接して感じるのは、今の40代や50代が若い頃に比べて、格段に恵まれた環境にあり、そしてそれをきちんと使いこなせることです。
だから、今の40代や50代の人が20代の時に比べ、その何万倍ものことが実現可能になります。一人でできることが、桁違いに広がっているのです。昔なら大企業でなければ実現できなかったサービスも平気で一人で作り上げてしまう。未踏のクリエータには、こういう驚異的な人たちが多いですね。
またOB、OGは、後輩の育成に携わりたいという意思を持っている人が多いので、互いが刺激し合ってクリエータのレベルを上げていく好循環が生まれています。これは大変心強い。この世代が40代、50代になった日本の未来が、今から楽しみです。
未踏人材は、いい意味で期待を裏切る
—未踏を“卒業”したクリエータたちの力は、企業にとって大きな力になりますね。
先ほど申し上げたように、これからは組織が多様性・独創性を持つことが重要です。その意味で未踏を“卒業”したクリエータ、すなわち「未踏人材」に活躍の場を与えることは大きな意義があります。
ただし、期待したことを期待通りにやる人材として見ないでほしいですね。未だ成し遂げられていない分野にチャレンジするのが未踏人材。課題は精緻に与えるのではなく、大まかなディレクションをして、後は本人に任せていただきたい。いい意味で、期待を裏切る成果を出してくれるはずです。
実は起業する人を除いて、未踏人材は外資系企業に多く採用されています。未踏は優秀な人材の宝庫。日本の企業も多様性・独創性を持つために、もっと未踏人材に目を向けてほしいですね。
—未踏は、今後の日本の成長にどのように貢献できるのでしょうか。
社会全体として「未踏」をどうとらえるかが課題でしょう。アメリカのようにITを国力に転換できている国は、未踏人材のような人たちが縦横無尽に様々な企業にスカウトされ、適材適所で力を発揮しています。
シリコンバレーと日本を比べても、人材のクオリティはあまり変わらないと私は思っています。でも、シリコンバレーには優秀な人材が集まり、彼らをコーチングする仕組みがあり、そこに資金を出すベンチャー・キャピタルの仕組みもあります。それが優秀な力を引き出し、GoogleやFacebookが生まれ、ビッグビジネスにつながっています。
日本には、潜在的に優秀な人材がいたとしても、巨額の資金が集まる仕組みもなく、コーチングするスタッフはいても、うまくマッチングができていません。しかし、裏を返せば、こうした仕組みが実現できれば、日本のIT産業は一気に強くなるはず。
そのためには多様性・独創性を加速させ、優秀な人材がビジネスにチャレンジできる仕組みを早急に構築することが重要です。未踏を政策的にどう扱うか、国を挙げての議論に発展することを期待しています。
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