実践的な教育訓練の成功・継続のための要件

実践的な教育訓練の成功・継続のための要件

過去4年間にわたり実施された産学協同事業では、35事業に及ぶ個別事業が実施され、それらを通じて、様々な反省点や課題が明らかにされた。また、同事業では、各種検討や分析を通じて、産学協同による実践的な教育訓練の実施と、その継続・発展に関する、数多くの知見が集積された。
ここでは、これらの成果をふまえ、大学・高専等の高等教育機関において、産学協同による実践的な教育訓練を成功裡に実施し、さらに、その経験を基盤として、その後、教育機関が自立的に実践的なIT教育を継続・発展させていくために必要な要件を整理する。
以下の内容は、産業界の協力による実践的なIT教育の導入を検討している教育機関や、産業界のノウハウの吸収による実践的なIT教育の自立的な実施を望んでいる教育機関を対象に、本事業で得られた知見を提供するものである。

産学協同による実践的な教育訓練を成功させるためのポイント

下図は、高等教育機関が自立的に実践的な教育訓練を実施できるようになることを最終目標として、産学協同による実践的な教育訓練を立ち上げ、実施・継続するための一連のステップを示したものである。

C321-4-30

産学協同による実践的な教育訓練の実施ステップ

産学協同による教育訓練を実施した経験の少ない高等教育機関が、産業界の協力を得て、実践的な教育訓練を実施するためには、企業との連携体制の構築に始まり、教育訓練に関する計画策定から、その実施と評価、さらに、その後の継続に向けた検討などのステップを経る必要がある。また、産学協同による実践的な教育訓練を、一過性の特別講座とせず、その経験を生かして、実施先教育機関の実践的なIT教育の基盤強化を図るためには、実践的な教育訓練を実施する過程において、教育機関側が、産業界から教育訓練の実施に必要なノウハウを吸収することが必須となる。産学協同実践的IT教育関連事業の成果のところでも見たように、現実的には、産業界側が永続的に産学連携教育に協力することは困難である場合が多いため、教育機関が、産業界の協力に完全に依存することなく、最終的には、自立的に同様の教育訓練を実施できるようになることが望まれる。
そのような最終目標を視野に入れた上で、以下には、産学協同による実践的な教育訓練を成功させるためのポイントを、前図のステップ毎に示す。

企業との連携体制構築(Start)

高等教育機関の教員のみでは実施が難しいと考えられる実践的な教育訓練を実施する場合は、教育訓練の実践性を担保するために、企業の参画が必須となる。この際、高等教育機関側は、企業に対して何らかのアプローチを取り、連携先の企業を探す必要がある。
また、産学協同による実践的な教育訓練を実施する場合は、学校側にも、相応の体制作りが求められるが、学校側の体制は、その後の教育訓練の継続・発展に向けての重要なポイントとなる。ここではまず、これらの立ち上げの局面で留意すべき点を整理する。

連携先

連携先の企業を選定する指針として、連携先企業が備えるべき要件は、以下のとおりである。

i) 適切な講師人材を有していること

連携先の企業を選定する際に、最も重要な要件となるのが講師である。そのため、候補となる企業が、適切な講師人材を有しているかどうかを、まず判断する必要がある。
産業界講師は、産学協同による実践的な教育訓練の実施にあたって、きわめて重要な意味を持つ。同一の教育訓練を実施しても、産業界講師の教育技術(インストラクションスキル)によって、受講者である学生の満足度は大きく変化する。また、産学協同による教育訓練は、産業界における実務の雰囲気を学生に伝えることを大きな目的の一つとしているが、学生は、産業界講師の人柄や熱意を通じて、産業界の雰囲気を感じ取る。
講師の要件は以下に詳述するが、このように、産業界の講師は、学生にとって、産業界の代表者とも言える存在であるため、まずは、連携先候補である企業が、そのような講師に相応しい人材を有していることを確認することが重要である。

ii) 教育機関が実施したい教育内容(分野)に関する知見を有していること

連携先の企業は、当然のことながら、教育機関が実施したいと考える教育内容(分野)に関する業務実績や知見を有していなければならない。特に、比較的新しい技術に関しては、当該技術が、産業界でもまだ十分に普及していないことがあり得るため、「学」側関係者は、この点には留意が必要である。「学」側関係者から見れば、すでに産業界で普及しているのではないかと思われるような技術・手法(例えばUMLなど)でも、その企業の実際の業務においては、標準的な技術・手法として活用されていない場合もある。そのような可能性を考慮し、教育機関側は、連携先の企業が、その技術の活用実績をどの程度有しているかを確認することが必要である。

iii) その教育機関の卒業生に対する人材ニーズがあること

連携先の企業に求められる要件として、通常、第一に挙げられることは少ないが、産学間の長期的な関係の維持という観点から重要な要件として、「企業が産学連携教育の実施先教育機関に対して、新卒人材ニーズを持っていること(実施先教育機関の卒業生を採用する意向を持っていること)」という点が挙げられる。これは、後述の「企業側のメリット」の一つでもあるが、企業が実施先の教育機関から得る最も大きな成果は「人材」である。そのため、その成果を直接的に享受することができる企業の方が、産学連携教育に対する協力のインセンティブが働きやすい。
通常、企業側に、優秀な人材の獲得等のメリットが存在しなければ、産学間の関係を長期的に維持することは難しい。しかし、実践的な教育訓練の実現・定着のためには、企業側との長期的な関係の維持は、必要不可欠であると言える。このように考えると、実際に、実施先教育機関の卒業生に対する採用実績や採用意向を持つ企業の方が、連携先としては望ましいと考えられる。本事業において、この要件を満たした事例は、特に、地域の大学と地元企業の間で実施された個別事業に多く見られたが、これらの事業では、事業終了後も、産学間で良好な関係が維持・継続されているケースが多い。

iv) その取り組みに組織として取り組んでいること

連携先の企業に求められる最も重要な要件として、「産学協同による実践的な教育訓練を実現しようとするその取り組み自体が、企業内で組織的に奨励されていること」という点が挙げられる。組織的に奨励されているとは、即ち、その取り組みが、企業側の担当者個人に留まらず、組織の上層部の意向に基づいていることを意味する。
過去の個別事業の事例からは、企業側の担当者個人の努力による取り組みであっても、短期的には成果を挙げることは十分に可能であると見られる。しかし、その後の教育訓練の継続的なサポートなど、長期的な産学間の関係維持を考えた場合、企業側の負担は、予想以上に大きなものとなるため、組織的に推進されているような取り組みでなければ、担当者個人の意向による継続は困難であるケースがきわめて多い。
また、企業から講師を派遣するにあたっても、組織的に推進されている取り組みでなければ、優秀な第一線の講師の手配・獲得は難しい。企業側の担当者個人の裁量だけでは、現場で多忙を極める優秀な技術者を、通常業務以外の取り組みにアサインすることは困難である。さらに、企業側担当者個人の裁量だけでは、サポート要員としてのサブインストラクタも十分に確保されず、企業側で、充実した体制が取れないこともある。
このように、企業側から優秀な人材を調達し、長期間の協力を得るためには、産学協同による実践的な教育訓練の実施という取り組みが、企業内で組織的に認められている(組織上層部の支持を得ている)ことが重要である。

iv) 使命感・問題意識を有していること

企業側の組織的な取り組みを可能にするためには、企業側(組織の上層部)が、人材育成や社会貢献・地域貢献などに関する使命感や、現行の教育や産業の現状に対する問題意識等を有していることが望ましい。
経営的な観点からは、利益の計上も営利企業の一つの社会的な責任であると考えられるため、採算を度外視してまでの教育への全面的な協力は、多くの企業にとっては容易ではないことが多い。しかし、元来、産学協同による実践的なIT教育の必要性は、産業界側の問題意識に端を発するものであるため、産業界側にも、その問題提起に対する責任を果たすことが求められている。
教育機関が、協力を求める先としては、このような認識を多少なりとも有している企業が望ましい。企業側には、ある程度、コスト面以外でのメリットを模索する姿勢が必要である。そうでなければ、採算面では課題の多い学校教育への協力を、長期的に継続して行うことは難しい。
産学協同による実践的な教育訓練の実現・定着のためには、企業側との長期的な関係の維持が不可欠である。ゆえに、連携先の企業には、現在の産業が抱える問題意識に対する責任や、企業が果たすべき役割に対する使命感を有していることが望まれる。

連携期間

連携先の企業を選ぶ際には、企業側が協力可能な期間についての確認も必要である。

i) 授業時間外の受講者サポートへの協力が可能であること

開発演習等が主体となることが多い産学連携講座では、課題に取り組む過程で、何らかの問題が発生したり、授業で学んだ内容以上の発展的な知識が必要となることが多々あるため、通常の講義主体の授業と比べて、授業時間外の学生サポートの必要性が高まる。しかし、産業界講師は、通常、学内キャンパスには在席していないことが多いため、本事業で実施された個別事業の中には、「授業時間外に講師から指導やサポートが受けられない」という点に対して、学生から不満や要望が寄せられた事業もあった。
理想的には、産業界講師の指導時間として、授業時間のみではなく、学生が課題に取り組む課外時間も含まれるべきである。また、産業界講師が常駐しての指導が困難である場合は、可能な限り、メールやWeb掲示板等によるオンラインでの質問の受付や、サブ講師・大学教員による指導等、学生に対するサポート体制の充実が望まれる。連携企業を選ぶにあたって、教育機関側は、企業側に対して、これらのサポート体制も含めて、どの程度の協力が可能かを確認する必要がある。

ii) 教育訓練実施後も、長期的な協力が可能であること

繰り返し言及しているが、産学協同による実践的な教育訓練を、単発の講座とせず、それを一つのきっかけとして、実践的IT教育を、実施先の教育機関に根付かせるには、企業側の長期的な協力が必要不可欠である。
そのため、当初より、連携先の企業を選ぶ際には、長期的な協力を前提として、そのような長期的な協力が可能な企業を連携先とすることが望ましい。本事業で実施された個別事業の中でも、長期的な関係が維持されている事業では、そのような長期的な協力を前提として、取り組みが開始されたケースが多い。長期的な協力関係は、教育訓練終了後に模索されるものではなく、取り組みの開始当初から視野に入れておくべきである。

体制(企業側)

連携先となる企業側に求められる体制上の要件を、以下に示す。

i) 組織上層部の積極的な支持を得ていること

上でも既に述べているが、産学連携の取り組みが組織的に奨励されていること、即ち、組織の上層部の支持を得ていることが、長期的な取り組みにおいては必須となる。組織的な支持が得られず、担当者個人の取り組みとして産学連携が始まった場合、企業側の負担が大きくなると、それ以降の継続がきわめて困難になる。企業側も相応の負担をせざるを得ない現状において、産学連携教育を継続させるためには、企業側の組織上層部の積極的な支持を得ていることが重要である。

ii) 現場の技術者に加えて、教育の専門家が参加できること

産業界講師としては、現場経験が豊富な人材が理想的である。しかし、実務経験を持たない学生が理解できるような形で分かりやすく現場経験を伝えるためには、現場の技術者の通常業務とは異なる、教育的なスキルも必要とされる。また、学生にとって学習効果の高い教材等の開発や、多様な学生に対する柔軟な指導を行うためにも、産業界講師には、教育に関する高い知見が求められる。
これらの役割を、一人の技術者が担うことは通常困難である場合が多い。そのため、企業側の体制としては、現場経験を持つ技術者に加えて、教育に関する豊富な知見・経験を有する教育専門家の参画が望まれる。連携先の企業に適切な教育専門家がいない場合は、教育サービスを提供している企業の知見を活用するという方法も考えられる。

体制(学校側)

以上、企業側に求められる要件を見てきたが、ここからは、学校側に求められる要件を示す。産学連携の取り組みの立ち上げにあたっては、学校側にも、適切な体制の構築や企業側のメリットに対する配慮などが求められる。
ここではまず、学校側に求められる体制上の要件を示す。

i) 組織としての取り組みが可能であること

企業側において組織としての取り組みが重要であるのと同様に、学校側も組織として取り組まなければ、産学協同による実践的な教育訓練を、学内で長期的に継続し、定着させることは難しい。そのため、学校側にも、担当教員個人の取り組みを超えた組織的な取り組みとして、教育訓練を実施することが求められる。組織全体としての取り組み支援が困難である場合でも、少なくとも、実践的なIT教育の必要性については、担当教員のみではなく、組織内で一定の合意が形成されていることが必要である。
なお、以下の2つの要件は、組織的な取り組みであることを示す“指標”であると位置づけられる。

ii) 産学連携講座の単位認定が可能であること

産学協同で実施する講座の受講によって、単位認定がなされることは、最低限の要件であると言える。産業界講師の都合などから、産学連携講座は、特別講座として実施されるケースも多いが、どのような形態で実施されても、単位認定がなされることが望ましい。
単位認定が行われないと、就職対策講座のような位置づけとなってしまう場合が多く、それは、高度な人材の輩出を望む産業界側の問題意識とは異なるばかりか、単位認定の有無によって、学生側の受講姿勢も大きく異なり、学習効果が上がらないという事態も発生する。従って、産学連携講座における単位認定は、最低限の重要な要件であると言える。

iii) 産業界講師の非常勤講師としての任用が可能であること

産業界講師を学内の非常勤講師として認めることができるかどうかは、本事業においても、その教育機関が産学連携にどれだけ組織的に取り組んでいるかを示す、一つの指標であった。各々の教育機関が置かれている状況は異なるため、この指標を、すべての教育機関に一様に適用することは難しいと考えられるが、産業界の講師に対して、教育機関の役職を与えることができれば、組織として、産学連携に取り組んでいると言えるだろう。
なお、積極的な取り組みを推進している教育機関の中には、「特任教授」、「客員教授」などとして、産業界講師を迎え入れている事例も見られた。

企業側のメリット

最後に、教育機関側に求められる要件として、「企業側の成果(メリット)に対する配慮」を挙げる。
企業側と学校側では、コストに対する感覚が大きく異なるという点については、本事業において、何度も指摘されてきた。産学連携教育を実施する場合、教育機関側が一般に認識している以上に、企業側の負担は大きいことが多い。そのため、企業側が、産学連携によって十分な成果(メリット)を得られなければ、現実的に、長期的な関係維持は、きわめて困難になる。教育機関側は、この点に十分に留意しなければならない。
これらの成果(メリット)については、産学協同実践的IT教育関連事業の成果のところでも触れたが、教育機関側から企業側への研修の提供など、双方向型の産学連携体制を構築することができれば、長期的な関係維持につながる。また、産業界講師を、「非常勤講師」、「特任教授」、「客員教授」などとして迎えることができれば、これは、企業側にとっても大きな価値をもたらす。
このような企業側のメリットに、学校側が十分に配慮し、学校側として十分な対応をすることが、産学間の関係を長期的に維持するためには、きわめて重要である。

以上の要件を整理した結果を、下に示す。

「企業との連携体制構築」ステップにおける成功のための要件
連携先 • 適切な講師人材を有していること
• 教育機関が実施したい教育内容(分野)に関する知見を有していること
• その教育機関の卒業生に対する人材ニーズがあること
• その取り組みに組織として取り組んでいること
• 使命感・問題意識を有していること
連携期間 • 授業時間外の受講者サポートへの協力が可能であること
• 教育訓練実施後も、長期的な協力が可能であること
体制(企業側) • 組織上層部の積極的な支持を得ていること
• 現場の技術者+教育の専門家の参加が可能であること
体制(学校側) • 担当教員個人の取り組みとしてではなく、学科や学部などの組織としての取り組みが可能であること(少なくとも、実践的なIT教育の必要性に対する合意が形成されていること)
• 産学連携講座の単位認定が可能であること
• 産業界講師の非常勤講師としての任用が可能であること
企業側のメリット • 産学連携の取り組みを通じて、企業側が、何らかの成果(メリット)を得られること(産学間で双方向の関係を築くこと)

産学協同による実践的なIT教育を高等教育機関に実現し、定着させるためには、企業との連携体制を構築する初期段階から、上に示した要件を、可能な限り満たしておくことが望ましい。

教育訓練の計画策定(Plan)


連携先の企業を決定し、企業側・学校側の体制を構築したら、次に、具体的な教育訓練の計画策定を行う。ここでは、学生にとって満足度の高い教育訓練の実施を目標として、このフェーズにおいて留意すべきポイントや満たすべき要件を整理する。

講師・インストラクタ

産業界講師(インストラクタ)の具体的な選定にあたり、産業界講師に求められるのは「現場経験」「教育スキル(インストラクションスキル)」「教育への熱意」の3点である。
技術者の実績としての「現場経験」は、学生が、産業界講師と教育機関の教員の間に、最も大きな違いを感じる要因であるため、産業界講師の最低要件であると考えられる。
また、産業界講師として招聘された企業技術者が、教育に関する経験やノウハウ(初心者に分かりやすく説明する技術など)を十分に有しておらず、実践的な教育訓練の効果を弱めてしまうケースもしばしば見られる。したがって、講師の選定にあたっては、現場経験に加えて、教育スキルを有している人材を選定するか、教育の専門家(企業の研修担当講師や大学教員等)が教育的側面を補完するなどの工夫が必要となる。
さらに、上記2点に加え、産業界講師には、「教育に対する熱意や情熱」が必要である。本事業で実施された個別事業のうち、学生や学校側関係者の評価が高い事業では、例外なく、産業界講師が教育に対する熱意を有していた。これが、産業界講師の現場経験を教育の現場に伝えたいという動機の源となり、魅力的な授業展開の推進力となったと考えられる。そのような意味で、「教育に対する熱意」は、産業界講師にとっての最重要要件であるとも言えるだろう。

カリキュラム(内容)

教育訓練のカリキュラム(内容)を検討する際に留意すべき点は、以下のとおりである。

i) 学生にとって難易度が高すぎない/低すぎないこと

産学協同による実践的な教育訓練を受講した学生の満足度が低い場合、その原因の大半は、教育内容の難易度にある。特に、産学連携教育では、産業界側が、高い理想と意欲に基づき、教育機関における既存のカリキュラムの内容を詳細に吟味することなく、学生にとってきわめて高い水準に目標を置いてしまうケースがしばしば見られるが、学生にとって、授業内容の理解が困難な場合、教育訓練の効果は著しく低下する。
また、同一内容の教育訓練を複数の教育機関で展開するような場合に、それぞれの教育機関の学生が有するスキルが異なると、同一内容の教育訓練であっても、学生の理解度に大きな差が見られることがある。このようなケースでは、ある教育機関の学生にとっては難しい内容の教育訓練が、異なる教育機関の学生にとっては非常に平易であるといった事態も起こり得る。
いずれにせよ、学生にとって難しすぎても易しすぎても、教育訓練の効果を十分に高めることはできない。そのため、各々の教育機関が持つ既存のカリキュラムや、そこで学ぶ学生のスキルを十分にふまえた上で、難易度が適切な水準になるよう、十分な調整が必要となる。

ii) 限られた時間で消化可能な内容であること(学生の負担が高すぎないこと)

産学協同による実践的な教育訓練を受講した学生から寄せられる否定的な評価のうち、大きな割合を占めているのが、教育訓練の負担の高さである。
産業界の意欲的な姿勢や学生に求める水準の高さから、限られた時間内で多くの内容を学生に教え、教育訓練を充実させようとする試みは多く見られる。また、学生が課題に割ける時間は限られているにもかかわらず、大きな課題を与え、学生に対して当たり前のように長時間の課外活動を求める教育訓練も、しばしば見られる。実践的なスキルの習得には、集中的な学習が有効であるとする考え方自体は否定されるべきものではないが、学生に対する過度な負担を当然とする考え方には、注意が必要であると言えるだろう。
さらに、企業研修をベースにした教育訓練も多く実施されているが、一定期間、特定の研修に専念することが可能な企業と、多数の授業が並行して実施される教育機関では、教育訓練の総時間や受講者の姿勢、前提知識等が大きく異なる。そのため、産学連携講座は企業で研修を実施するのと同じようには運営できないという点を念頭に置く必要がある。また、授業時間数の制限や、学生の負担への考慮から、企業研修で実施されるすべての内容を学生向け教育訓練に盛り込むことは、一般的には困難であるとの認識も必要である。
このように、教育機関における教育の実施には、様々な制約があることを念頭に置きつつ、教育訓練を計画することが求められる。

iii) 教育機関側の既存カリキュラムとの連続性・整合性があること

産学連携教育では、産業界側が、高い理想と意欲に基づき、教育機関における既存のカリキュラムの内容を十分に吟味することなく、学生にとってきわめて高い水準に目標を置いてしまうケースが見られるという点については、上に述べたとおりである。他にも、産学連携講座であることから、新規性が強調され、既存のカリキュラムにない新しい内容を学ぶことを目標として、講座が実施されることがある。しかし、このような場合は、教育機関側の既存のカリキュラムと、産学連携講座で実施する教育内容に連続性や整合性がないと、学生の理解が困難になるばかりでなく、産学連携講座を実施する意義が伝わりにくくなり、何のために実施されている講座なのか、その目的を学生が理解できないことも起こり得る。また、通常の授業とは全く関連のない、新しい知識を学ぶ講座として産学連携講座を実施しても、それを教育機関で実施する意義が問われる結果となってしまう。
このような事態を避け、産学連携教育を意義あるものとするためには、既存のカリキュラムと産学連携講座の間に、何らかの連続性を持たせ、産学連携講座によって、既存のカリキュラムを復習し、そこで学んだ知識を応用できるような内容とすることが重要である。これにより、受講した学生も、既存のカリキュラムを通じて、これまで自分が学習してきた内容の意義を深く理解することとなり、その後の学習に対する動機付けにもつながる。
既存のカリキュラムの内容確認は、教育訓練内容の計画を策定する段階では、必要不可欠なステップであると言える。

iv) 企業での実務の理解につながる内容であること

産学が連携して講座を実施する目的は、企業の実務を理解し、そこで必要な知識・スキルを習得することにある。よって、実務的な要素がなければ、産学連携の意義が薄れてしまう。そのため、産学連携講座を有意義なものとするためには、教育機関の既存のカリキュラムと連続性を持たせた上で、さらに、そこに実務的な要素を付加しなければならない。
また、産学連携講座では、実務で必要な知識・スキルを習得するばかりではなく、企業における仕事についての理解が促進されることが望ましい。これによって、学生は、自分の将来のキャリアに対するイメージを具体化し、その後の学習や就職に対するモチベーションを高めることができるようになる。
このように、産学連携講座としては、実務に必要な知識・スキルの習得を通じて、実務についての理解を深めるとともに、その後の学習・就業に対する意欲を高められるような内容が求められる。

教材

講師・インストラクタとカリキュラム(内容)に続き、教材に必要な要件を整理する。

i) 学生にとって難易度が高すぎない/低すぎないこと

学生にとっての難易度に関する要件は、前項の「カリキュラム(内容)」と同様である。なお、実践的な教材として、実際の製品を教材として用いることも有効ではあるが、その場合、教材の極端に難易度が上がり、学生の理解度が低下することもあるので、その点には注意が必要である。また、逆に、学生の理解度に配慮した結果、教材が易しすぎたというケースも過去に見られた。「カリキュラム(内容)」と同様に、適切な難易度は、教育機関によっても異なるため、その調整が重要な課題となる。

ii) 後からの復習が可能な教材であること

本事業では、企業側が、通常一般には公開しない機密情報を含む教材を作成し、教育訓練終了後、教材を回収したケースも見られたが、受講者からは、復習のために教材を手元に残しておきたいとの声が聞かれた。産学連携教育においては、企業側が、公開できない貴重な情報を開示し、教育訓練を実施するケースも考えられるが、その場合も、意欲が高い受講者のために、受講者が後から復習可能な教材を用意することが望ましい。

iii) その後の再利用が可能な教材であること

教材の再利用は、実践的な教育訓練の継続にあたっても、重要な課題となる。
テキストのような教材は、増刷等によって何度も配布が可能であるが、例えば、企業が開発環境や組込みソフトウェア開発用の機器等を貸し出したような場合には、教育機関側では、教育訓練の再実施が不可能なことがある。
教材は、実践的な教育訓練の実施にあたって、必要不可欠であり、教材が無ければ、教育訓練の実施は困難である。よって、実践的な教育訓練を継続的に実施するためには、当初より、教材や開発環境を、継続的に利用可能な形で、企業から提供してもらうことが必要である。本事業では、教材に対するコストは、講師に対するコストに次いで大きいことが把握されているが、教材の継続利用の可否は、実践的な教育訓練の継続を左右する大きな要因になり得るため、事前の十分な検討が求められる。

教授方法

教授方法とは、講義・座学等の授業形態を指す。ここでは、実践的な教育訓練に相応しい教授方法に関する要件を整理する。

i) 演習(開発作業等)を伴うものとなっていること

実践的なスキルの習得を目的とする実践的な教育訓練には、実際に手を動かす演習が含まれていなければならない。知識の習得を主な目標とする授業と同じような座学や講義主体の形式では、技術的なスキルを習得することは難しい。
また、実践的な教育訓練として、ソフトウェア開発プロジェクトを模したPBL(Project Based Learning)が採用されるケースが多いが、PBLを採用する場合、プロジェクトの一部として、ソフトウェア開発演習が含まれることが望ましい。開発演習が含まれないPBLは、学生にとっては、単なるロールプレイングに終わってしまい、高い教育効果が望めないことが多い。そもそも企業の実務を知らない学生が、仮想的なロールプレイングのみでプロジェクトを理解することはきわめて困難である。そのため、プロジェクト形式の演習を実施する場合は、仮想のケーススタディを採用するのではなく、小規模でもよいから、実作業を伴うプロジェクトを組み込むことが重要である。

ii) 学生が自ら考える作業が含まれていること

演習を実施する際、ただ単に、テキストに書かれた作業を実施するだけでは、教育訓練としては、初歩的なものとなってしまう。教育訓練の実践性を高めるためには、学生が、自ら企画し、考える作業が含まれていなくてはならない。学生が、それまでに培った技術や知識をすべて投入・活用して、自ら作業を行ってこそ、実践的な教育訓練としての効果を高めることができる。

iii) きめ細やかな指導を行うこと

学生が自ら考える演習を実施する際には、学生の個性や理解度に応じたきめ細やかな指導が必要となる。教材に示された課題に取り組むような演習では、それらの課題を修了させるための指導を行えばよいが、学生が各自でそれぞれ課題を設定する演習では、産業界講師に対して、それぞれの課題に対する最適かつ柔軟な指導が求められる。
これは、産業界講師に対して、大きな負担を強いることになるが、様々なシステムやソフトウェアに応じたトラブルや問題解決は、産業界での実務に通じるものであり、教育機関の教員との差別化要因でもある産業界講師の経験や知見が、大いに活用できる局面でもあると言える。
産学協同による実践的な教育訓練の醍醐味は、一方的な講義ではなく、自由演習のような課題設定型の授業での産業界講師の柔軟性にある。そのような意味では、演習に対するきめ細やかな指導は、教授方法の要件として、不可欠であると言えるだろう。

実施時期・期間

産学連携講座の実施期間については、様々な意見が見られる。集中演習で実践的なスキルを習得するため、短期集中型の講座とする方がよいとの意見もあれば、大きな課題に取り組むためには長い期間が必要であるとの意見もある。
産学連携講座の実施期間は、講座の特性や、取り組む課題の分量にも左右される。例えば、新しい技術を習得しながら、自由設定型の課題に取り組むような講座には、新しい技術を理解し吸収する期間と、自由課題に取り組む期間の双方に、ある程度の期間が必要とされる。それに対して、既存の知識を整理・応用して、自由課題に取り組むような講座では、短期集中型の方が、最初から全力で取り組み易いといった考え方も成り立つ。
さらに、他の授業との関係から、他の授業がない時期に集中講座として実施した方が、その講座のみに集中することが可能であるため効果的な場合や、他の授業と並行しての受講するため、余裕を持って長い期間を設定した方がよい場合もある。
このように、講座の期間や実施時期については、その講座の特性や、他の講座との関係等をふまえて、最適な条件を選択すべきである。なお、どのような講座を実施するにせよ、開発演習が含まれる場合は、通常の講義より学生の作業量が多くなることが多いため、その負担を考慮した期間設定・時期設定が必要である。
また、産学協同実践的IT教育関連事業の成果のところで学生の意見を紹介したが、適切な実施学年については、産学連携教育に期待する効果によって異なると考えられる。例えば、「専門課程での学習や将来のキャリアへの動機付け効果」を重視する場合は、早い段階実施した方がよいと考えられるが、「総合演習としての効果」を重視する場合は、最終学年近くで実施した方がよいと言える。また、「学生の負担(研究・就職活動等)」を考慮し、最終学年は避けるべきであるとする意見を考慮すれば、その一つ前の学年で実施することが最適との結論に至る。いずれにせよ、どのような効果・要因を重視するかを、まず決定することが重要である。

受講対象者

受講対象者は、「前提となる知識・スキル」に加えて、「高い意欲」を有していなければならない。どちらも、実践的な教育訓練の効果を最大にするために、必須の条件である。教育訓練自体が、実践性も質も高いものであったとして、受講する学生が、その内容を理解する前提とする知識・スキルを習得していなければ、教育訓練の効果を高めることは困難である。また、前提とする知識・スキルを有する学生であったとしても、学習意欲が欠けている場合は、教育訓練の効果を高めることは難しい。
特に、産学連携講座を必修科目として実施する場合は、様々な学生が受講するため、学生間の知識・スキルや意欲に、大きな差が見られることが多い。そのような事態を避けるために、本事業で実施された個別事業の中には、あえて、高い知識・スキルと意欲を有する学生のみを選抜し、教育訓練の効果向上に成功した事例も見られた。

最後に、「教育訓練の計画策定」ステップにおける成功のための要件を整理する。

「教育訓練の計画策定」ステップにおける成功のための要件
講師・インストラクタ • 豊富な現場経験を有していること
• 高い教育スキル(インストラクションスキル)を有していること
• 教育に対する熱意を持っていること
カリキュラム(内容) • 学生にとって難易度が高すぎない/低すぎないこと
• 限られた時間で消化可能な内容であること(学生の負担が高すぎないこと)
• 教育機関側の既存カリキュラムとの連続性・整合性があること
• 企業での実務の理解につながる内容であること
教材 • 学生にとって難易度が高すぎない/低すぎないこと
• 後からの復習が可能な教材であること
• その後の再利用が可能な教材であること
教授方法 • 演習(開発作業等)を伴うものとなっていること
• 学生が自ら考える作業が含まれていること
• きめ細やかな指導を行うこと
実施時期・期間 • 講座の特性をふまえた期間とすること(短期集中演習・通年講座)
• 実施時期の決定にあたっては、「専門課程での学習や将来のキャリアへの動機付け効果」「学生の負担(研究・就職活動等)」「総合演習としての効果」などの点を考慮し、最適な時期を決定する
受講対象者 • 前提となる知識・スキルを有する学生を受講者とすること
• 意欲の高い学生を受講者とすること

学生にとって満足度の高い教育訓練を実施するためには、教育訓練の計画策定段階において、上記のような要件を満たす必要がある。

教育訓練の実施(Do)

教育訓練の計画を策定したら、実際に、その教育訓練を実施する。ここでは、計画策定フェーズに引き続き、学生の満足度を高めるために、「教育訓練の実施」フェーズで留意すべきポイントを整理する。

学生の動機付け

教育訓練の実施にあたって、まず重要となるのが「学生に対する動機付け」である。
技術・スキルを学ぶ目的が明確であるという点は、産学連携教育の大きな特徴である。そのため、教育訓練の開始当初から、これから学習する内容やこれまでに学校で学んできた内容が、実務において実際にどのように使われているのかを実感させることが重要である。学習の目的を理解すれば、学生の意欲は向上し、結果として、教育訓練の効果も向上する。
また、実務を知らない学生の興味を維持するために、演習等のテーマとして、実務上でよく見られるテーマ(例えば、学生にとって理解しにくい業務システム)よりも、学生が理解しやすい身近なテーマを用いると効果的である。

学生の理解度把握

実践的な教育訓練の実施にあたっては、学生の理解度を常に把握しておくことも重要である。毎回小テスト等を行っている事業も見られたが、演習が主体の講座では、小テストが馴染まない場合も考えられる。そのような場合には、講師陣が学生の様子を注意深く観察し、学生の理解の把握に努めることが必要である。
学生の理解度が低いまま授業を継続すると、授業の難易度が高すぎたとして、学生の満足度が低迷する可能性が高い。そのため、学生の理解度が思わしくない場合は、下記に示すように、学習内容そのものを再検討し、柔軟に変更することも視野に入れた方がよい。

サポート体制

既に述べたように、演習主体の講座では、課外時間の取り組みが増えるため、授業時間外のサポート体制が非常に重要となる。産業界講師が、授業時間以外は学内に在席してないような場合は、メールやWeb掲示板のようなオンラインサポートの仕組みを活用して、受講者がいつでも講師に質問することが可能な状態を作り出すことが重要である。

カリキュラム(内容)変更

学校側にとっては新しい試みとして産学連携教育を実施する場合、実施してみて初めて、学生にとっての難易度が判明する。中には、難易度が高すぎ、当初計画した内容では、実施が困難であることが見込まれるような場合も考えられる。そのような場合には、実施途中であっても、大幅にカリキュラム(内容)を変更することが必要となることもある。

「教育訓練の実施」ステップにおける成功のための要件
学生の動機付け • 学習内容が、実務において役立つことを、早い段階で実感させる
• 学生の興味を維持するために、学生にとって身近なテーマを用いる
学生の理解度把握 • 学生の理解度を、こまめに観察する
• 場合によっては、学生の理解度に合わせて内容を変更する
サポート体制 • 授業時間外のサポート体制は必要不可欠
• オンラインサポートの仕組みを活用する
カリキュラム変更 • 初めて実施する産学連携講座が、学生にとって難易度が高すぎる場合など、大幅なカリキュラム変更が必要となる場合もある

教育訓練の評価(継続に向けた検討)(Check)

教育訓練が終了したら、それを評価し、その後の継続に向けて、反省点・課題等を検討する。ここでは、「教育訓練の評価」フェーズで留意すべきポイントを示す。

教育訓練効果の測定

教育訓練の効果は、可能であれば、テスト等によって定量的に計測することが望ましい。しかし、自由課題型の演習等、総合的な演習の場合は、その効果測定が難しいため、学生に対するアンケートを実施し、学生の満足度や、改善すべき点についての意見等を収集する。その後、収集したデータや意見から、教育訓練の効果を総合的に把握する。

次回の実施に向けた改善策の検討

教育訓練の効果を把握し、改善すべき点等についての意見を収集したら、その後、その改善の方法等についての検討を行う。これらの検討は、可能であれば、委員会等公的な場を設けて行うことが望ましい。また、この段階では、継続実施に向けた具体的な方策についても検討を行う。

「教育訓練の評価(継続に向けた検討)」ステップにおける成功のための要件
教育訓練効果の測定 • 学生のスキル向上を、可能な限り定量的に評価する
• アンケート等を実施、学生の意見を収集する
次回の実施に向けた改善策の検討 • アンケート等から、要改善点を抽出し、改善の方策について検討する
• 今後の継続実施に向けた具体的な方策を検討する

自立的な教育訓練の実施・継続(Action)

教育訓練を計画・実施し、それを評価するというフェーズを経て、その後、最終的には、教育機関が自立的に実践的な教育訓練を実施する。ここでは、「自立的な教育訓練の実施・継続」の段階で留意すべきポイントを示す。

企業技術者によるスポット支援

教育機関が自立的に実践的な教育訓練を実施する場合も、最新の技術に関する知見や、トラブル対応等に関しては、企業技術者の支援が必要とされることが多い。そのため、可能であれば、企業技術者には、講師としてではなく、スポット支援を行う立場で参画を求める。スポット的な支援であるため、全回ではなく、一部の授業のみに協力を求めたり、教育機関側だけでは解決困難な事態が発生した場合にのみ、協力を求めることとする。

指導手引書等の作成・活用

教育機関に、実践的な教育訓練に関する知見を集積するために、指導手引書等を作成することが望ましい。これによって、産業界講師と連携して授業を実施した担当教員のみではなく、それ以外の教員も、実践的な教育訓練に関する知見を得ることが可能となる。
このように、教育機関側に対する産業界のノウハウ集積と、実践的な教育訓練の学内展開を目指して、指導手引書等を作成することは、非常に効果的であると考えられる。

「自立的な教育訓練の実施・継続」ステップにおける成功のための要件
企業技術者によるスポット支援 • 企業技術者からは、継続的な支援を受けることが望ましい
指導手引書等の作成・活用 • 指導手引書等を作成し、学内に知見を集積し、学内展開に備える

産業界からのノウハウ移転と高等教育機関の自立に向けて

以上のところでは、産学協同による実践的な教育訓練を成功裡に実施するためのポイントを整理した。しかし、実践的なIT教育を普及させるためには、産学協同による教育訓練を成功させるだけではなく、そこから、高等教育機関が産業界のノウハウを吸収し、実践的な教育訓練を自立的に実施できるようになることが必要である。そこで、以下では、実践的な教育訓練の実施に向けて、“高等教育機関が自立を図るために重要なポイント”に特に焦点を当て、それらを整理する。
平成18年度の産学協同事業においては、「ファカルティ・ディベロップメント(FD)プログラム開発・実証事業」として、産業界から高等教育機関への産業界ノウハウの移転を目的としたプログラムの実証を行った。ここでは、それらの成果をふまえて、高等教育機関が自立して実践的な教育訓練を実施できるようになるための取り組みにおいて必要な要件や、留意すべきポイント等を示す。なお、以下では、上記の「ファカルティ・ディベロップメント(FD)プログラム開発・実証事業」として実施された事業に限らず、高等教育機関が自立して実践的な教育訓練を実施できるようになるための取り組みを総称して“FDプログラム”と呼ぶこととする。


FDプログラムに求められる要件

高等教育機関が自立して実践的な教育訓練を実施できるようになるための取り組み(FDプログラム)としては、きわめて多様な取り組みが考え得る。しかし、平成18年度の産学協同事業を通じて、高等教育機関に、着実に産業界のノウハウを移転し、実践的な教育訓練の自立的な実施を可能にするためには、以下のような要件が必要であることが把握された。それらを整理して示したものが、下図である。
まずは、実務経験を持たない高等教育機関の教員が、企業における実務の内容を知り、実務に必要となる知識やスキルとはどのようなものかを理解することが必要である。これが、要件1の「企業実務の理解」に当たる。
その後、それらの実践的なスキルを、学生に教える前に、教員自身が習得することが求められる。これが、要件2の「教員に必要なスキルの習得」に当たる。
さらに、学生にそれらを教えるにあたって、その教え方を検討する必要がある。これが、要件3の「カリキュラム・教授法の検討」に当たる。
そして、最後に、それらの要件をふまえて、高等教育機関が、実践的な教育訓練を自立的に実施することが必要である。これが、要件4となる。
下の図の右側には、それぞれの要件を実現するために取り得る具体的な方法が示されている。これらは、平成18年度の産学協同事業の成果から抽出された方法であるが、ここでは、これらを実施方法の一例として示す。なお、それぞれの方法によって、実践性には差が見られるため、方法の選択にあたっては、その点に留意が必要である。

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FDプログラムに求められる要件

要件1「企業実務の理解」

高等教育機関において実践的なIT教育を実施する前提として、実務経験を持たない高等教育機関の教員が、企業での実務の実態や進め方を理解することが、まず必要となる。
そのための方法としては、以下のような方法が考えられる。

i) 企業での実務参加(実プロジェクトへの参画)

企業における実務を理解するために、最も有効な方法は、教員が実際に、企業での実務に参加することである。これは、例えば、教員を対象とした企業インターンシップなどとして実施され得る。企業インターンシップは、具体的には、教員が一定期間(例えば半年間~1年間程度)企業に派遣され、企業の技術者とともに、開発プロジェクトに携わる(プロジェクトの一部の開発業務を実施する)というものである。これによって、教員は、実際に業務に携わった上で、実体験として企業実務を理解することができる。
しかし、受入れ側の企業の体制や守秘義務の問題、高等教育機関の側での制度上の問題や教員のスケジュール調整等によって、その実現が難しい場合には、以下のような方法も考え得る。

ii) 企業での実務見学

企業での実務に参加することが難しい場合には、企業で、実際のプロジェクト会議(ミーティング、レビュー等)を見学する(オブザーバーとして参加する)などの方法が考えられる。この方法でも、教育機関では経験することが難しい、中・大規模プロジェクトの実態や、そういったプロジェクトの進め方、プロジェクトメンバー内のコミュニケーション、実務の厳しさなどを実感することが可能である。

iii) 企業技術者へのヒアリング・意見交換

企業での実務見学も困難である場合には、現役技術者に時間を確保してもらい、実務の内容や、実務において必要とされるスキル等について、ヒアリングや意見交換を実施するなどの方法が考えられる。この方法では、教員が直接的に実務を経験することはできないため、実践性という面では、それほど効果が高いとは言えないが、少なくとも、産業界関係者から、直に実務についての知識を得ることができる。

iv) 企業技術者によるセミナー(授業)形式の講義聴講

上述の方法が難しい場合には、企業の技術者に、実務に関する講義等を依頼し、それを教員が聴講することで、間接的に企業実務を理解する方法が考えられる。

要件2「教員に必要なスキルの習得」

企業での実務を理解した後、実務に必要となる実践的なスキルを学生に教える前に、まず、教員自身が、それらのスキルを習得しなければならない。その際に可能な方法としては、以下のようなものが考えられる。

i) 企業技術者の指導による演習体験

教員が実践的なスキルを習得するためには、企業の技術者の指導の下、教員自身が、まず演習を体験することが効果的である。教員自身が、学生と同じ内容を学ぶことで、学生が習得を目指すスキルを、教員が先に習得する。演習の内容としては、モデリングや設計の他、開発・実装、ドキュメント作成など、実施を計画している教育訓練に応じて、様々なものが考えられる。

ii) 企業内セミナー/研修参加

教員が、企業内部の技術者向けに実施されるセミナーや研修に参加することも、効果的な方法である。これらのセミナーでは、企業の現場で使用される代表的なツールの活用法等を学ぶことができる。この方法では、参加する教員に、企業技術者と同じ水準の前提スキルが必要とされる。しかし、企業側に特別な負担を強いることなく、実施することが可能である。

iii) 企業技術者によるセミナー(授業)形式の講義聴講

上述したような直接的な(手を動かす)経験によってスキルを習得することができない場合には、次善の策として、企業技術者による講義等を聴講することで、実践的なスキルについての知識を習得する方法が考えられる。

要件3「カリキュラム・教授法の検討」

企業実務を理解し、教員が学生に教えるべき実践的なスキルを習得したら、次に、学生に対して、それらの実践的なスキルをどのように教えるべきか、その教え方や具体的なカリキュラムを検討することが必要である。学生と教員では、経験や前提となるスキルが大きく異なるため、多くの場合、学生に対しては、教員がスキルを習得した方法とは異なる方法が必要となる。そのため、可能であれば、教育に関して知見を有する専門家の協力等を得て、学生に教える際のカリキュラムや教授法を、具体的に検討する。
その方法としては、以下のようなものが考えられる。

i) 企業技術者による教育訓練での講師役体験

産学協同による実践的な教育訓練では、通常、企業技術者が講師を務める。その際、教育機関の教員も、産業界講師の指導を受けながら、講師役(場合よってはサブ講師役)を体験する。この方法は、平成18年度の産学協同事業でも実証されたが、教授法についての議論や検討に留まらず、実際に、教員自身が講師を務め、自身の教え方を検証することができるため、非常に効果的な方法であると言える。産業界講師は、教員の教授法等について、必要に応じてアドバイスを行うこともできるため、教員自身が、教え方をレベルアップさせることも可能である。
この方法は、学生に対する教育訓練の実施と、教員への産業界のノウハウ移転(FDプログラム)を同時に行いたい場合に、きわめて有効であると考えられる。

ii) 企業技術者とのワークショップ(協同作業)によるカリキュラム・教材・指導書等の作成

学生に対する教育訓練が実施されない状態で、産業界から教員へのノウハウ移転を行う方法としては、企業技術者と協同で、カリキュラムや教材、指導書等を検討・作成する方法などが考えられる。この場合、協同作業に相応の時間を割くことで、充実した検討が可能になる。

iii) 企業技術者によるセミナー(授業)形式の講義聴講

上述の方法が難しい場合は、学生に対する教え方について、産業界講師から、セミナー形式で知識を教授してもらうという方法も考えられる。この場合も、教え方について参加者間で議論する時間を設けるなどの工夫を凝らすことで、有益な成果を得ることができる。

要件4「自立的な教育訓練の実施」

要件1~3をふまえたFDプログラムを実施することで、産業界のノウハウの移転が進み、従来実施できなかった、あるいは企業の講師に依存していた教育訓練の一部を、高等教育機関の教員のみで実施できるようになる可能性が高まる。FDプログラムの最終要件は、教育機関によある「自立的な教育訓練の実施」という最終目標の実現であるが、この段階においても、以下のような方法で、産業界の協力・支援等を得ることが可能である。

i) 企業技術者のスポット支援

産業界のノウハウは、産業界の技術者の経験に基づく部分が多いため、そもそも企業での実務経験を持たない教員にとっては、吸収が難しい部分も多々存在する。そのため、教育機関が主体となって、実践的な教育訓練を実施する場合でも、そのような部分については、企業技術者が、スポット的な支援・協力を行うことが望まれる。例えば、本事業においても、柔軟な顧客要求への対応や、トラブルへの対処、品質の確保等の局面では、企業技術者の協力が必要であるとの意見が寄せられた。
企業技術者の全面的な協力が難しい場合でも、重要な局面でのみ企業技術者を招き、講義・支援等を行っていただくという方法が考えられる。

ii) 企業技術者によって作成された指導手引書等の活用

企業技術者が不在の状態でも、実践的な教育訓練がスムーズに進行できるように、指導手引書を作成するという方法もある。これらの手引書を作成しておけば、担当教員がそれを参照することもできるほか、他の教員がそれを参照して、そこから産業界のノウハウを吸収することも可能となる。そのような意味で、産業界のノウハウが書面化された指導手引書は、実践的な教育訓練の実施を望む高等教育機関にとっては、貴重な成果物となる。


FDプログラムを実施する上での課題

以上、高等教育機関が自立して実践的な教育訓練を実施できるようになるための取り組み(FDプログラム)に必要な要件を示した。
続いて、事業の実施結果から把握された、FDプログラムを実施する際の課題をまとめる。

企業インターンシップの難しさ

欧米では、一定の経験を有する大学教員が専門分野に関する能力を向上させるための研究休暇制度(サバティカル制度)が存在する。IT分野においても、教員が、半年~1年間の休暇を取得し、IT企業等の中で、訪問研究員等の立場で研究活動を行う場合がある。
平成18年度の事業では、当初、高等教育機関の教員がこのような制度を活用するなどして、一定期間インターンとして企業の開発業務に参画することが、FDの望ましい実施形態の一つであると考えられていた。しかし、事業期間の制約等の事情から、平成18年度の事業においては、高等教育機関の教員が企業で中長期のインターンシップを行うという事例は存在しなかった。
企業でのインターンシップの難しさに関しては、事業において実施したヒアリング調査等からも、以下のような意見が寄せられている。

教員のインターンシップに関して

  • 企業へのインターンシップ参加は、通常の業務に加えて実施しなければならず、現実的には難しいことが多い。また、教員の実績としては評価されにくい。(大学関係者)
  • 過去に、企業への大学教員のインターンシップを実施したことがあるが、教員が企業内での仕事のやり方に馴染めず、途中で挫折してしまった。(大学教員)
  • 情報系の教員であれば誰でも産業界の講師の持つノウハウを吸収できる訳ではない。実際には、「ソフトウェア工学」を専門とする教員でなければ、企業ノウハウを習得するのは難しいのではないか。(大学教員)
  • 最近は、セキュリティ等の問題上、同じ企業の社員でも、他のプロジェクトの開発に参加することは難しくなっている。よって、そのような状況では、社外の大学教員が実務に参加することはきわめて難しい。(企業関係者))

上のような様々な意見をふまえ、以下に、教員の企業インターンシップに関する問題点を整理する。

i) 企業側の要因

企業ノウハウの漏洩やセキュリティ上の懸念
外部の者を企業内部に招き入れることにより、企業秘密が外部に漏洩することを懸念することは一般的であるが、高等教育機関の教員を企業内に受け入れる場合にも、同様の懸念が生じる。最近では特に、セキュリティや個人情報保護等の観点から、企業内部でも、関係者以外の従業員がプロジェクトの情報にアクセスすることができなくなっている場合が多い。よって、そのような状況の中で、企業外部から教員が一時的にプロジェクトに参加することは、きわめて困難であるのが現状である。

経営層の理解と支援制度等の不在
高等教育機関の教員を、中長期にわたって企業内に受け入れるためには、高等教育機関と繋がりのある企業の従業員の個人的な意欲だけでは不十分である。インターンシップの実施は中長期に及び、関係する部署の業績や組織への影響も考えられるため、企業の上層部や経営層の理解に加え、制度的な支援がなければ、その実施は難しいことが多い。

ii) 高等教育機関側の要因

高等教育機関における支援制度等の不在
前述のサバティカル制度のような制度が高等教育機関に存在しなければ、インターンシップへの参加には、教員の特別な調整や努力が必要とされる。そのため、インターンシップが学内で組織的に奨励されたり、インターンシップに参加した教員を評価する仕組み(教員にとってのインセンティブ)等がなければ、教員がインターンシップに積極的に参加することは難しい。

学内や学外に広げる仕組みの不在
企業インターンシップに参加した教員が中心となって、インターンシップで得られた成果・ノウハウ、課題を学内(あるいは学外)で共有するための組織的な活動の場(学内の委員会・研究会、学外の教員との交流を担うコンソーシアムなど)がなければ、教員の個人的な取り組みで終わる可能性がある。

産業界との日常的な交流の不在
前述の通り、企業にとっては機密の流出にも繋がりかねない試みであるため、大学が組織として、あるいは教員個人として、日常的に産業界と交流し、信頼関係を醸成していなければ、インターンシップの実現は困難であると考えられる。

このように、教員のインターンシップを短期間で実現することは、現状では非常に困難である。そのため、平成18年度に実施された産学協同事業では、「企業の実務の理解を目的とした企業でのミーティング・レビューへの参加」、「企業講師の演習の受講による教員に必要なスキルの習得」、「企業の講師とのカリキュラムや教授方法に関する討議の実施・指導書の作成」など、教員のインターンシップを代替する様々な方法が模索された。

実施のための時間確保に関する課題

教員の企業インターンシップも含め、FDプログラムを実施する際には、そのための時間の確保が課題となる。ここでは、そのような実施時間の確保に関する課題を整理する。

教員の通常業務との調整
FDプログラムを、長期休暇以外の通常の学期中に実施する場合は、教員が担当する授業に影響が出ないよう、その調整が大きな課題となる。また、FDプログラムには、ある程度のまとまった時間が必要となるが、長時間を確保する場合は、学生指導や研究等の通常業務を抱える教員の負担も増すこととなり、それらの業務の代行等が必要となることもある。

企業との調整
FDプログラムには、通常、企業が参画することが多いが、企業側にも、業務上の都合があるため、教員側と企業側との調整が難しいケースも考えられる。また、教員と同じように、企業側に対しても、通常業務以上の負担を求めることになるため、その点への配慮や企業内での対応が必要となる。

産業界講師による継続的・スポット支援

事業では、通常、高等教育機関ではあまり意識されることのない“顧客”に関係する学習内容(要求分析、顧客対応、品質管理等)や、想定外のトラブルへの対処、また、学生のモチベーションの向上につながるような産業界講師の体験談紹介等、FDプログラムのみでは、高等教育機関が吸収できないような産業界ノウハウも存在するとの声が多く寄せられた。したがって、これらの移転が難しい産業界ノウハウに基づく内容については、FDプログラム実施後も、引き続き、産業界講師から(スポット的な)支援・協力を受けながら、教育訓練を実施することが望ましいと考えられる。
また、連携先の企業を選定する段階での留意事項としても述べたが、教育機関は、企業側から、スポット的な支援を含む何らかの形で継続的な支援を受けることが可能かどうかを、企業と連携を開始する段階で、確認しておく必要がある。

双方向型の産学連携

FDプログラムを実施するための企業側の時間的・金銭的負担は、決して小さなものではない。そのため、産業協同事業のような支援を受けられる場合は、企業側も参画しやすくなるが、公的な資金等が見込めず、企業と高等教育機関が自立的にFDプログラムを実施しなければならないような場合には、企業側の参画のハードルは、非常に高くなる。
FDプログラムを始め、産学協同による取り組みを、企業側の技術者個人の熱意や意欲のみで(ボランティアとして)継続することは、現実的には困難である。継続して取り組みを実施するためには、産学双方が享受できるメリットが存在することが望ましい。
企業側がメリットを享受できる形としては、高等教育機関の教員が、企業の技術者向けに体系的な基礎研修・理論研修を実施したり、産学が協同で研究・開発プロジェクトを実施し、そこに教員が参画することなどが考えられる。産学協同による教育の取り組みと同様に、産学協同で実施することが必要となるFDプログラムにおいても、産から学への一方向ではなく、学から産への方向にも、何らかの成果が提供されることが望まれる。

以上、FDプログラムに求められる要件と課題を示した。
実践的な教育訓練の自立的な実施を目指す高等教育機関では、これらの要件・課題をふまえて、効果的なFDプログラムを実施し、産業界からのノウハウを吸収することが必要となる。また、FDプログラムの実施後も、産業界と高等教育機関が、常に協力を得られるような双方向の関係を維持することで、実践的な教育訓練の継続・発展が実現されると言える。


実践的なIT教育の自立的な実施に向けての課題

産学協同実践的IT教育関連事業では、個別事業の実施や、関係者へのアンケート・ヒアリング調査等を通じて、実践的なIT教育を高等教育機関が自立的に実施するための課題の明確化を試みた。
以下では、事業を通じて把握されたこれらの課題と考え得る解決策について整理する。


実施のための費用に関する課題

まずは、費用に関する課題について分析する。以下は、平成17年度の産学協同事業の成果から、情報サービス分野の教育訓練(9機関)と組込みソフトウェア開発分野の教育訓練(2機関)のそれぞれについて、各費用項目の割合を平均した結果である。

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教育訓練分野別の費用構成割合

上記の結果を見ると、情報サービス分野の教育訓練と、組込みソフトウェア開発分野の教育訓練では、「教材調達関連費」に大きな差が見られることが分かる。組込みソフトウェア開発分野では、教育の実施に必要な費用のうち、教材に対する費用が大きな割合(約4割)を占めている。情報サービス分野では、教材に費用を必要としない分、その他必要経費の割合が高くなっている。
また、今回の分析結果を読み取る際の一つの目安として、以下に、各教育機関の費用項目割合を平均した結果を示す。今回の分析結果を総体として見ると、「講師調達関連費」が最も高い割合を占めていることが分かり、ここから、実践的な教育の実施にあたっては、産業界講師を調達するための費用が最も必要とされていることが読み取れる。

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全教育機関の費用構成割合(平均)


講師調達の方法

すでに見たように、実践的なIT教育を実施するための最も大きな課題は、産業界講師の調達である。また、講師の調達とともに、演習主体の教育訓練等を円滑に進め、学生に対してきめ細やかな指導を提供するための、アシスタントの調達も重要である。
そこで、以下では、実践的なIT教育を実施する際の産業界講師やアシスタントの調達といった課題について、産学協同事業で用いられた方策等をふまえて、今後、同様の取り組みを進めようとする教育機関が取り得る有効な解決策等についての検討を行う。

産業界講師の必要性

産学連携教育に関しては、“産学連携は永続的に必要なのか、それとも、時間をかけることによって、産業界から大学へのノウハウの移転は可能なのか”という点も、一つの重要な論点とされてきた。この点については、本事業でも様々な議論が行われてきたが、多くの教育機関においては、“産業界側からのある程度のノウハウを吸収した後でも、やはり、何らかの形で、産業界との連携が不可欠である”との意見が多い。その理由としては、以下のような事情が挙げられる。

  • 最新の技術動向や、企業の現場で用いられている技術についての教育訓練を実施する場合、大学教員は、必ずしもそれらの技術に精通しているわけではないため、最適な教育者とは言えない(大学教員が産業界出身者であったとしても、最新の技術については、産業界講師の方が、豊富な知識を有している)。
  • プロジェクトマネジメントや品質管理等、企業での実務経験に基づく教育訓練の実現のためには、産業界講師の知見が必要不可欠である。
    • 顧客の存在を意識した開発演習の場合も、企業での実務経験が求められるため、産業界講師が必要とされる。

    全体的には、入門から中級程度の教育訓練(例えば、プログラミング言語の習得等)の場合は、大学教員が必要なスキルを習得し、自ら学生に教えることも十分可能であるが、教育訓練の実践性を高め、その内容が実務に近づくほど、企業講師の協力が不可欠とされる傾向が見られる。
    また、産学協同実践的IT教育関連事業においても、高等教育機関の教員が、企業インターンシップ等を通じて実践的なスキルを習得することで、実践的なIT教育を普及させる方法について議論されたが、一般的に、大学等の教員が実践的なスキルや経験を獲得するために、企業での実務に参加しても、教員の実績として評価されることは少ない等の理由から、その普及は難しいとの指摘も見られた。
    以上のような種々の理由から、実践的なIT教育の実施のためには、産業界講師の参画は欠かせない要件であると言える。

    講師関連費用の調達方法

    これまでのところで見たとおり、実践的なIT教育を実施するためには、産業界講師の参画が不可欠である。しかし、産業界講師を招聘する際に問題となるのが、講師を招聘するための費用である。講師に対する費用は、講師謝金等の形で支払われることが多いが、事業のコスト分析結果からは、授業1回につき、概ね5~10万円程度の講師謝金が発生していることが把握された。特に、企業内のハイレベルな人材ほど、また、大きな企業に所属する人材ほど、単価が高くなる傾向があり、経験豊富な熟練の人材を招聘するためには、それに見合った費用が必要とされる。
    産学協同事業では、講師調達のための費用の問題を、公的支援という形で解決した。しかし、公的支援は、あくまで一時的な手段であり、今後、教育機関が自立的かつ継続的に産学連携による実践的な教育を実施するためには、費用の調達方法を確立しなければならない。その際に考えられる方法としては、以下の3つを挙げることができる。

    ① 大学側が、必要な費用の大半を負担する。
    ② 大学側と企業側で、必要な費用を折半する。
    ③ 企業側が、必要な費用の大半を負担する。

    ①は、大学における自立的な実施という観点からは、最も望ましいと言えるが、実際にこのような形で産学連携教育が実施されているケースは稀である。これは、一般的に、大学等の高等教育機関においては、研究に必要とされる費用の獲得に比べて、教育に必要とされる費用の獲得が難しいためであると考えられる。また、その背景には、成果がある程度明確に表れる研究に比べ、教育の成果は把握しにくいという事情があるものと推測される。なお、費用の受益者負担(学生が受講料を負担する)という方法も考えられるが、産学連携教育に必要とされる指導コストの高さから、通常、受益者負担は、あまり現実的ではないことが多い。
    ②は、大学における産学連携資金の調達の現状と、産学連携教育の趣旨に照らせば、最も合理的であると考えられ、実際、産学連携教育の継続に成功するケースには、この形態で実施されるものが多い。
    ③は、いわゆる寄附講座など、企業側に高い意欲と資金的余力がある場合に限り、実施可能な形態である。平成16年度に産学協同事業が実施され、注目を集めた北海道大学の例は、このパターンに分類される。また、表面上、②のような形態をとっていても、実際には、企業側が無償でさまざまなツールやサポート等を提供し、それによって教育訓練が成り立っているという、きわめて③に近い②の形態も見られる。さらに、まだ実現されてはいないが、経済産業省の事業の中では、企業間で教育訓練の継続的な実施に必要な資金を出し合うという構想も検討されている。まだ構想段階ではあるが、そのような方法も、検討に値すると言えるだろう。
    ①から③の他に、公的支援も、現実的に考え得る方法の一つであり、実際にそのような事例も見られるが、公的支援に頼った事業の継続は、自立的かつ継続的な実施という観点からは、根本的な解決にはなりにくく、一時的な対処とならざるを得ないことが多いという点を指摘しておきたい。


    産学の相互参加による産学連携教育の実現

    上記①~③の中で、自立的かつ継続的な実施という観点から、最も合理的であると考えられるのは、②の形態である。この形態は、産学連携に必要なコストを、大学と企業で相互に負担するものであると述べたが、費用負担以外の側面からは、この関係は、相互にメリットを与え合う“ギブアンドテイク”の関係であると捉えることもできる。
    一般的には、企業が、収益に直結しない活動を中長期的に継続することは難しいため、企業持ち出し、または、企業の無償協力による産学連携が、中長期的に成功するケースはそれほど多くはない。しかし、企業にとって、収益以外の明確なインセンティブが存在する場合は、必要なコスト以下の費用で、高等教育機関と長期的な関係を築くことができる可能性が高まる。その際の企業にとってのインセンティブとしては、以下のようなものが挙げられる。

    ① 企業が提供する講座やインターンシップを通じた優秀な学生の採用
    ② 学生や大学に対する企業活動や企業名のPR(企業ブランドの浸透)
    ③ 教育での連携を端緒とした、研究活動等における大学との包括的な連携
    ④ 体系的な理論・知識教育等についての、大学教員への企業内研修講師の委託

    企業にとって十分な講師費用の調達が難しい場合には、企業に対して、上記のような収益以外のインセンティブを提供するという方法も考えられる。
    今回の事業でも、多くの企業が、①や②のインセンティブを重視して、産学連携教育に参画している。特に、実施先教育機関の学生を、自社の新入社員として採用する意思のある企業にとっては、①や②は、収益以上に大きなインセンティブとなり得る。経済産業省の事業においても、卒業生の多くが地元に就職する大学と、地域の企業が連携している事例では、産学連携教育が、産学双方にメリットをもたらす形で実施されており、この点は注目に値する。例えば、前橋工科大学や鳥取環境大学、琉球大学等と、それぞれの連携先である地域各社を、一例として挙げることができる。
    教育機関側が、企業にとって有益なノウハウや知見等を有する場合には、④の方法も効果的である。④のケースでは、教育機関側が企業側に一方的に協力を請うのではなく、教育機関側にも企業に対して提供可能な知見が存在するため、二者間に対等な関係が築かれやすい。例えば、平成16年度、産学協同事業に参画した九州産業大学では、大学教員が企業の研修講師を務める代わりに、企業人材が大学の演習に協力し、自立的な形で産学連携教育が継続されている。さらに、平成17年度・平成18年度の事業に参画した静岡大学の場合は、先進的な取り組みを進める大学のカリキュラムから企業が学ぶことも多く、企業が大学カリキュラムの“逆輸入”に価値を認めている。これらのケースでは、教育機関側にも、企業に対して提供できる有益な知見等が存在しており、それが、相互に有益な関係を築く基盤となっている。
    上記以外にも、産学連携教育から企業が得られるメリットとして、「企業人材のキャリアアップ」なども挙げられる。一般に、教えるという行為は、自身のキャリアアップにとっても有益であると言われるが、大学において教鞭を取ることも、企業人材のキャリアアップにつながる。さらに、「非常勤講師」等の肩書きは、企業人材が、企業で活動する際にも、有益なものとなる。後述する静岡大学や金沢工業大学のように、「客員教授」として活動することができれば、企業での実務においても、プラスの効果を生み出す。
    以上のように、教育機関と企業のギブアンドテイクには、さまざまな形が存在する。このようなギブアンドテイクによる産学連携教育を目指す場合は、双方にとって有益なメリットを提供し合うことが重要である。なお、当然のことながら、これらのメリットは、企業規模や産学連携教育への関わり方等によっても大きく異なるため、実施にあたっては、相手企業に適したインセンティブを提供することが必要である。

    アシスタントの調達方法

    講師の調達とともに、演習主体の教育訓練等を円滑に進め、学生に対してきめ細やかな指導を提供するための、アシスタントの調達も重要な課題である。ここでは、今回の事業における各教育機関の取り組みから、考え得る方法を整理する。
    一口にアシスタントと言っても、求められる役割は様々である。環境整備やトラブルシューティングのために必要なスタッフを、アシスタントと位置付けることもあれば、講師に代わって、演習の際に学生一人一人を指導するサブ講師をアシスタントと呼ぶこともある。しかし、いずれにせよ、実習や演習が主体となる実践的なIT教育を、メイン講師一人で実施することは難しいため、何らかの形で、アシスタントが必要とされることが多い。このアシスタントの調達方法としては、以下のようなものが考えられる。

    ① メイン講師と同じ企業から調達する。
    ② 経験豊富なリタイア人材や、大企業から独立した人材を活用する。
    ③ 大学院生をアシスタント(TA)とする。
    ④ 以前その教育訓練を受講したことがある学生をアシスタントとする。

    上記の方法は、推定されるコストの順に並んでいる。
    ①について、メイン講師と同じ企業からの調達が必要な場合、その留意点は、先に述べた方法に準ずる。この場合は、企業側に、収益もしくはそれ以外のインセンティブが必要となる。
    今回の事業の中には、②の方法を用いた教育機関もあった。この方法では、該当する人材を探すのが困難という難点はあるものの、一般的には、企業に所属する人材を調達するよりも、コストを低く抑えることができる。特に、大企業を退職・独立して、個人事業所等を営んでいる人材の協力が可能であれば、大企業に所属する人材と同等の経験を有する人材を、低いコストで調達することが可能となる。このような②の場合の人材の選定・調達の方法としては、連携企業からの紹介、大学教員からの紹介、地域ソフトウェアセンターからの紹介等が考えられる。
    ③は、一般によく用いられる方法である。しかし、実践的なIT教育において、この方法を用いる場合は、TAを務める大学院生が、実践的なスキルを習得していることが条件となる。今回の事業の中には、芝浦工業大学等、TAを務める大学院生に対して、実践的な研修やインターンシップの実施を検討している教育機関も見られた。
    ④は、産学連携教育の前年度実績が必要となる点を除けば、最も実施しやすい方法であると言える。以前、本事業で産学連携教育を実施した教育機関の中には、はこだて未来大学など、前年度にその教育訓練を受講した学生を、当年の受講生に対する発注者役と位置付けて、指導役を任せている事例も見られる。


    教材調達の方法

    講師の調達は、情報サービス分野と組込みソフトウェア開発分野のいずれの産学連携教育においても共通する課題であった。しかし、組込みソフトウェア開発分野においては、講師の調達と同じように、教材の調達にも多くの費用が必要とされ、この点も、非常に大きな課題となっている。
    この課題に対する一つの解決策は、「再利用可能な教材を利用すること」である。市販の組込みソフトウェア開発用の教材には、ソフトウェア部分を書き換えることで、何度でも再利用可能な製品が存在する。今年度の事業で、芝浦工業大学が用いた教材も、そのようなタイプの教材であり、ハードウェアの組み立てやソフトウェアの書き換えが繰り返し行えるため、同じ教材を用いて、異なる課題を設定することも可能である。このように、中長期間再利用できる教材を工夫して用いることも、一つの解決策として挙げられるだろう。
    しかし、今回、宇都宮大学で実施されたような教育訓練では、バージョンアップが頻繁に行われる開発ツールを使用するため、今後、環境を最新の状態に保つための費用が必要となる。また、組込みソフトウェア分野は、対象とするハードウェアが多岐にわたるため、ボード等、再利用ができない教材を用いることが必須とされる教育訓練もあるだろう。このようなケースに対する一つの解決策は、「教材の共有」である。これは、教材を利用する教育機関が、教材購入のための費用を出し合い、教材を共有し合うものである。この仕組みは、産学協同実践的IT教育関連事業の中では、まだ実現されたことがないが、今後、教育機関の積極的な取り組み次第で、実現可能ではないかと考えられる。


    高等教育機関における制度上の課題

    上記では、主に費用の面から、産学連携教育を実施する際の課題について分析を行ったが、次に、費用だけでは対処が難しい、環境的・制度的な問題についての検討を行う。
    当初、経済産業省の事業において、制度上の課題として考えられていたものは、“実践的なIT教育を既存のカリキュラムに組み込むことが困難”とするカリキュラム上の制約や、“産業界講師を非常勤講師として任用する際に論文実績や博士号が必要とされる”という講師任用条件の制約の2点であった。しかし、各事業者においては、それらの課題を乗り越えて事業を実施した教育機関も見られ、取り組み次第で、それらの課題は解決可能であることが示された。以下には、それぞれの課題に対する対処法やその事例等を示す。


    カリキュラム上の制約

    “実践的なIT教育を既存のカリキュラムに組み込むことは困難である”というカリキュラム上の制約に関しては、以下の2点が課題として挙げられている。

    • 入学時に学生に約束したカリキュラムは、卒業時まで原則固定される。
    • 新しい科目を導入するためには、既存のカリキュラムを削減する必要があるが、現行のカリキュラムの中に、削減可能な科目がない。

    “入学時に学生に約束したカリキュラムは、卒業時まで原則固定される”という制約については、残念ながら、特効薬はないというのが大方の見解であろう。しかし、どの教育機関においても、既存カリキュラムの枠組みの中で、適切に産学連携教育を位置付けて実施している。多くの教育機関においては、現行の教育の集大成としての総合演習、もしくは、現行のカリキュラムでは習得できない実践的なスキルを習得する新しい講座として、産学連携教育を位置付けている。したがって、産学連携教育は、工夫次第で既存のカリキュラム中に取り込むことが可能であると見ることができる。
    また、さらに切実な課題として、“新しい科目を導入するためには、既存のカリキュラムを削減する必要があるが、現行のカリキュラムの中に、削減可能な科目がない”という課題も挙げられている。しかし、これは、その教育機関において、実践的なIT教育がどの程度重要視されているかという点にかかわる問題であると言える。その教育機関において、実践的なIT教育の導入が優先的な取り組み課題であると認識されれば、解決に向かう問題であると考えられるため、この課題の解決のためには、他の教員に対して、実践的なIT教育の重要性をアピールし、組織全体を巻き込むことが必要となる。
    なお、カリキュラムに関しては、法律等によって、実践的なIT教育や情報処理技術者資格取得のための教育訓練の受講を義務付ければ、大学側も対応せざるを得ない、との見解も示された。仮にこの案が実現すれば、カリキュラム上の制約は一定の解決を見ることとなるが、その実現にあたっては、まず、十分な検討を行うことが求められよう。


    講師任用条件

    産業界講師が、ゲストスピーカー等としてではなく、正式な形で授業に参画し、学生に対して指導を行うためには、その教育機関において、非常勤講師として任用されることが望ましい。しかし、非常勤講師を任用する条件として、博士号や論文実績の保有を求める大学が多く、それが、産業界講師の活躍の場を狭くしているとの指摘がある。
    しかし、今回の事業に参画した筑波大学や前橋工科大学では、担当教員等の積極的な働きかけにより、産学連携教育を担当する講師を、非常勤講師として任用することに成功した。これは、担当教員等の積極的な働きかけによって、大学側も柔軟な対応が可能であることを示しており、良い先例が築かれたと言える。
    また、同じく今回の事業に参画した静岡大学では、学位等の要件は比較的寛容であり、企業出身の講師が数多く活躍している。中には、客員教授として活躍する企業講師も多く在籍しており、企業人材の任用は、特殊な事例ではなくなっている。平成16年度事業に参画した金沢工業大学でも、教員の多くが、客員教授という肩書きを持つ現役の企業プロフェッショナルであった。これらの事例からも、教員任用の際の要件は、民間の知見を活用しようとする大学の姿勢の現れであると解釈できる。
    一方、学部講師の任用については、比較的柔軟な対応が可能であるが、大学院講師の任用については、学問実績を重視した基準の適用が通常であるとされ、この点については、依然として、解決策を模索すべき大きな課題となっている。この課題に関する注目すべき取り組みとして、大学院生を対象とする教育訓練が実施された琉球大学では、産学連携教育の推進のために、学部長の主導の下、「特任教授制度」が導入され、産業界講師を受け入れる体制を整えるための取り組みが進められた。国立大学法人においても成功しているこのような事例は、その他の教育機関においても大いに参考になるものと言えよう。


    制度的な制約を乗り越えるために

    高等教育機関における制度は、法律等が定める一定の枠内において、教育機関が独自に策定・維持しているものであり、組織の基盤として、多くの関係者の合意の下に成り立っている。そのため、カリキュラムの改定や、講師任用条件の変更等、情報工学系の学部学科のみに限らず、教育機関全体に影響を及ぼす制度の変更にあたっては、多くの関係者の同意が必要である。このような組織を支える制度の変更とは、多くの関係者の意識を変えることと同義であり、そのためには、多大な努力が必要とされる。
    制度の変更を促進するために、産学協同実践的IT教育関連事業で効果を発揮したのは、組織において意思決定権限を持つ責任者等の参画である。前述の琉球大学等、今回の事業で大きな成果を上げた教育機関には、必ずと言ってよいほど、学長・学部長等の権限者の参画が見られる。担当教員の孤軍奮闘を越えた権限者の参画は、産学連携教育の推進・定着のためには、必須であると言ってよい。権限者が参画することによって、組織全体として実践的なIT教育を重視する姿勢を示すこととなり、他の教員の意識改革という面でも、大きな影響を持つこととなる。


    大学の役割とは

    産学連携教育を教育機関に導入する際に、制度的な問題の背景として、深く横たわっている問題が、特に大学の役割についての、産業界と学校側との認識の相違である。
    地域の学生が入学し、同じ地域に卒業生を送り出す大学については、そのような認識の相違はそれほど大きくはない。そういった大学の中には、地域の産業が求める人材の輩出を自らの役割として認識している大学が多く、産学連携教育に対しても、組織全体として取り組む姿勢が見られる。また、学生が実践的なスキルを習得することが、そのまま就職の際の武器ともなるため、そのような事情からも、学校側が、実践的な教育の推進に積極的であることが多い。対する企業側も、大学教育への参画によって、優秀な学生の採用や企業PR等、さまざまなメリットを享受することができるため、コストを度外視しても、積極的に産学連携に協力するケースが多く見られる。このように、地域に密着した大学の場合は、元々、産業界と学校側の双方に、産業界で役立つ実践的なスキルの習得に対する需要が存在するため、産学連携教育が比較的スムーズに実施され得る。
    しかし、全国区で学生を集め、全国に卒業生を輩出する大学においては、大学側が、自らの役割を、学問を支える研究人材の輩出と捉えている場合も多く、それが、産業界との意識の差を生む背景にもなっている。特に、そういった大学においては、カリキュラムも学問的な視点を重視して構成されることが多く、産業に役立つ人材の輩出を願う産業界の立場からは、その点を問題視する声が多い。この根底には、大学という教育機関の歴史や社会制度等、さまざまな要因が絡んでいると推測されるが、現実に、意識の相違が問題視されている以上、そこに、何らかの調整が必要であることは明らかである。
    大学には、「教育」の他に、「研究」という機能が必要であるという点に関して、異論を挟む余地は少ない。しかし、そのバランスを、常に「研究」>「教育」としてよいものかどうかについては、議論の分かれるところであろう。大学自ら、その役割を、研究人材の輩出であると認識していたとしても、大学・大学院を経て、最終的には産業界に進むこととなる大多数の学生や、その学生を受け入れる産業界にとっては、大学が、自らの希望のみに基づいて、自身の役割を規定しているように見えることもある。産学連携教育に対する取り組みは、まさにそのような問題意識に端を発するものであった。
    しかし、産業界の側も、異なる価値基準を有する相手に対して、一方的に認識の相違を表明するだけでは、問題は解決されない。この意識の相違を乗り越え、双方にとって望ましい状態をもたらすためには、双方の立場を理解する関係者を含めた、大きな枠組みの中での議論が必要とされよう。