情報サービス・ソフトウェア産業における人材の重要性

情報サービス・ソフトウェア産業における人材の重要性

情報サービス・ソフトウェア産業の課題解決の鍵は、「人材」にある。 ここでは、情報サービス・ソフトウェア産業における人材の重要性と、この産業における人材の現状や課題について示す。

産業内部の人材の状況

人材の重要性

製造業のような大規模な生産設備等を持たない情報サービス・ソフトウェア産業において、人材はきわめて重要な経営資源であると言われている。特に、目に見えないソフトウェアの分野では、製造業において飛躍的な生産性向上を生み出した生産の自動化が、未だに十分に実現されていないことから、その生産工程の多くを人の手に依っている。ここから、情報サービス・ソフトウェア産業は、“労働集約的”な産業であると表現されることもある。
次図は、売上高に対する人件費の比率を示すデータであるが、情報サービス産業に含まれる「ソフトウェア業」「情報処理サービス業」は、全産業の2.5倍近い値を示しており、売上高に対して人件費が占める割合が非常に高い。これは、情報サービス産業における「人材」の重要性の一端を示している。なお、以下の数値は平均値であるが、情報サービス・ソフトウェア企業の中には、60~70%という高い水準の売上高人件費率を示す企業も存在する。

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情報サービス産業の売上高人件費率

 

(全産業・情報通信業:「財務省「平成17年 法人企業統計調査」平成18年9月」)
(ソフトウェア業・情報処理サービス業:(独)情報処理推進機構「第28回情報処理産業経営実態調査報告書」2006年)

このように人材が重要なリソースである情報サービス産業では、人材に関する課題が、重要な経営課題として位置づけられている。
次図には、情報サービス企業のうち、「人材育成の強化」に取り組むべきであると考える企業が9割を超えているというデータが示されている。ここから、人材の育成が、この産業にとって、いかに重要な課題であるかを読み取ることができる。

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情報サービス企業が今後取り組むべきと考える経営上の課題
((社)情報サービス産業協会「情報サービス産業白書2006」)

次図は、組込みソフトウェア企業における経営課題を示しているが、「人材の確保・育成が難しい」に対する回答は、他の選択肢よりも際立って多く、この課題が、組込みソフトウェア企業も含めて、いかに多くの企業に認識されているかを、確認することができる。

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組込みソフトウェア開発関連企業が現在抱える最大の経営課題
(経済産業省「2006年版 組込みソフトウェア産業実態調査報告書-経営者・事業責任者向け調査-」)

 

人材不足の現状

続いて、人材の育成という課題をさらに詳細に把握するために、職種別の人材の過不足の状況を示す。

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不足している職種
(ソフトウェア産業研究会「ソフトウェアビジネスの競争力」中央経済社/H17年3月発行)

上図は、情報サービス・ソフトウェア企業に対して、ITスキル標準に定義された職種別に、人材の不足状況を尋ねた結果であるが、これによれば、上流工程に携わる職種(マーケティング・セールス、システムコンサルタント)ほど不足する傾向が見られる。
また、次図は、組込みスキル標準に定義された職種別に、不足している人材の割合を尋ねた結果であるが、ここには、ほぼすべての職種が高い割合で不足しているという現状が示されており、組込みソフトウェア開発に携わる技術者不足の深刻さがうかがわれる。

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組込みソフトウェア技術者の職種ごとの不足率
(経済産業省「2006年版 組込みソフトウェア産業実態調査報告書-経営者・事業責任者向け調査-」)

 

人材育成に関する課題

上に述べたように、人材の育成は、情報サービス・ソフトウェア産業におけるきわめて重要な経営課題として認識されているが、企業における取り組みは、その認識どおりには進展していない。
次図は、情報サービス企業に対して、人材育成の状況や課題を尋ねた結果であるが、「戦略的な人材教育ができていない」「業務多忙であり教育に割く時間がない」と回答した企業が半数を超えている。なお、この2つの理由は、相互に関連するものであると考えられ、業務多忙な状況が、戦略的な人材の育成を困難にしていると捉えることもできる。
また、組込みソフトウェア技術者の育成(能力向上)に関する課題については、情報サービス企業と同じように、「多忙で勉強(能力向上)の時間がない」「体系的な勉強/育成法がない」という課題が挙げられている。これらの課題も、情報サービス企業における課題と同様に、相互に関連している可能性が高く、業務の多忙さが育成に対する余裕を無くし、計画的・体系的な育成を困難にしていると考えられる。

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情報サービス企業における人材育成の状況
((社)情報サービス産業協会「平成15年度 情報サービス産業における高度人材育成に関する調査研究報告書」)

また、中小企業では、人材を育成するための仕組みが、企業内に整備されていないという課題も存在する。

このように、人材がきわめて重要な意味を持つ情報サービス・ソフトウェア産業では、その育成が最大の経営課題として認識されているにもかかわらず、業務の多忙さや育成の仕組みの未整備によって、戦略的・体系的な人材育成が実現されていない。
情報サービス・ソフトウェア産業が抱える様々な課題の解決のためには、産業における重要な経営資源である「人材」の育成が非常に重要であるが、産業内部は、業務の遂行がまず優先され、戦略的・体系的な人材の育成にまで、本格的に取り組む余裕がないという状況に置かれている。

産業に供給される新卒人材の状況

ここまでに、産業内部での人材育成が十分に実現されていない状況を示したが、産業内部での人材育成が困難であるとなれば、次に期待が寄せられるのは、産業外部から供給される人材である。外部から優秀な人材を調達することができれば、企業内部での人材育成に向けるコスト等を抑えることが可能となり、企業は、その分業務の遂行に注力することが可能となる。日本の企業では、産業外部からの人材の多くを新卒人材として調達しているため、ここでは、情報サービス・ソフトウェア産業の新卒人材に関する現状や課題を把握することとする。

新卒人材に対する企業の評価

次図は、情報サービス・ソフトウェア企業における新卒人材のスキルレベル調査の結果である。この調査によれば、ITベンダー企業/組込みソフトウェア企業のいずれにおいても、研修を受けずに即業務に対応できる新卒人材は1割程度という結果になっている。また、注目すべきは、情報関連の分野を専攻した新卒者も、全体と比較してそれほど大きな差がついておらず、企業に即戦力として評価されていないという点である。さらに、ITベンダー企業では、研修を受けても業務に対応できない人材が2割を超えている。

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情報サービス・ソフトウェア企業の新卒人材のスキルレベル
(産業構造審議会 情報経済分科会 第4回 情報サービス・ソフトウェア小委員会資料)

これらの新卒人材に対する企業の満足度を示したものが次図であるが、ここには、半数以上の企業が、新卒人材の採用時のスキルに対して満足していないという結果が示されている。

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情報サービス・ソフトウェア企業における新卒人材の採用時スキルに対する満足度
(経済産業省資料)

以上見てきたように、情報サービス・ソフトウェア企業の新卒人材に対する満足度は、それほど高いとは言えない状況にある。この原因を明らかにするため、以下では、情報サービス・ソフトウェア産業の業務に直接関連する学問分野である情報工学等を専攻した新卒人材と、そのような新卒人材に対する企業の評価に焦点を当て、その原因を把握する。

情報工学専攻の新卒人材に対する企業の評価

情報系の学問分野を専攻していない新卒人材のスキルレベルに企業が満足していないのは、ある意味、仕方がない面もある。しかし、過去約20年の間の情報処理技術者の専攻分野の変化を示す下図によれば、文系出身者の割合は減少傾向にあり、逆に、工学分野の出身者の割合が増えていることが分かる。

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学部卒業後、情報処理技術者になった者の専攻分野
(文部科学省「学校基本調査」)

また、工学の中でも、情報工学等の分野を専攻した新卒人材の採用割合は、近年増加傾向にある。さらに、次図の2004年のデータでは、新卒人材全体に占める情報工学専攻者の割合が3割を超えている。

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新卒採用者に占める「情報工学専攻者」の割合
(経済産業省 「ITサービス産業における新卒の採用等に関する実態調査」平成17年)

このような状況をふまえると、企業の新卒人材のスキルレベルに対する満足度の低さの原因は、情報工学等を専攻した人材の割合の少なさにあるのではなく、高いスキルを持っていると期待される専攻人材が、企業の期待に応えていないことから生じているのではないかと考えられる。
この仮説を裏付けるのが、次図である。これは、情報サービス・ソフトウェア企業が過去に採用した情報工学専攻者に対する評価を尋ねた設問の結果であるが、「ほぼ期待通りの水準を満たしている」と答えた企業は約3割にとどまり、7割近くの企業が、「期待通りの水準を満たしているのは半数程度」、もしくは、「期待水準を満たす人材はほぼいない」と答えている。

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これまでに採用した情報工学専攻者に対する評価
(経済産業省 「ITサービス産業における新卒の採用等に関する実態調査」平成17年)

このような専攻人材に対する企業満足度の低さの原因は、次図にも見ることができる。この図は、現役IT技術者のITスキル標準に基づくスキルレベルを、経験した教育(学歴)別に示したものであるが、ここでは、情報工学等の教育を受けていないIT技術者と、高い教育を受けている技術者の間に、それほど大きなレベル差は見られない。現状では、高等教育機関の専門教育が、情報サービス・ソフトウェア産業の期待に十分に応えるものとなっておらず、これが新卒人材に対する企業満足度の低さの背景にあると見られる。

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情報工学教育経験別のITスキル標準レベル
(産業構造審議会 情報経済分科会 第4回 情報サービス・ソフトウェア小委員会資料)

 

人材採用の現状

高等教育機関の専門教育が、情報サービス・ソフトウェア産業の期待に十分に応えていない現状では、企業は、新卒人材の採用にあたって、技術的なスキルよりも、個人的な資質等を重視する傾向にある。
情報サービス企業の新卒採用において、個人の資質が重視されているという結果は次図に示されている。新卒採用は、即戦力の補充のみを目的としているわけではなく、特に、日本企業にとっては、将来の企業を担う幹部候補人材等の調達も大きな目的であると考えられるため、採用にあたっては、即戦力としての技術力の評価よりも、個人の資質や将来性等が重視される傾向にある。しかし、現状では、新卒人材の間に、それほど大きな技術スキルレベルの差がないために、技術面に関する基準が、基準として成り立たないという見方も可能である。したがって、技術と将来性を兼ね備えた新卒人材が数多く輩出され、それらの豊富な人材の中から選択ができるような状況が実現すれば、採用の基準も変化し、技術的な側面も同様に重視される傾向が強まると考えることもできる。

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新卒採用・中途採用を行う際に最も重視するスキル
((社)情報サービス産業協会「情報サービス産業白書2005」)

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新卒採用・中途採用を行う際の最大の判断基準
((社)情報サービス産業協会「情報サービス産業白書2005」)

次図は、組込みソフトウェア技術者の採用基準を示しているが、「コミュニケーション能力」や「人柄」等の個人的資質が上位を占める点は同様であるものの、「プログラミング能力」や「専門技術知識」等の技術スキルが、高い割合でそれに続いている。ここでは、新卒採用と中途採用の区別はされていないが、組込みソフトウェア技術者の採用においては、情報サービス企業における採用よりも、技術面が重視されていると見られる。

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組込みソフトウェア技術者の採用にあたって「非常に重要」な要素
(経済産業省「2006年版 組込みソフトウェア産業実態調査報告書-経営者・事業責任者向け調査-」)

 

高等教育機関に対する期待

業務多忙により、企業内での人材育成が十分に実現されていない現状では、企業が外部から獲得する新卒人材に対して、大きな期待が寄せられている。しかし、すでに見たように、特に新卒人材の技術レベルに対する企業の満足度は、現在それほど高いとは言えず、産業界へ専門人材を輩出する役割を担う大学等の高等教育機関に対する期待が、かつてないほどに高まっている。
次図は、新卒人材のスキルを向上させるために採るべき方法を尋ねた調査の結果であるが、回答の割合は、「産学が協同して教育」、「教育機関が教育」、「産業界が教育」の順に高くなっている。産業界側は、高等教育機関に対して高い期待を寄せているものの、高等教育機関側も“実務経験を有する教員が少ない”など、様々な課題を抱えており、教育機関側が単独で、産業界が期待する水準の教育を実施することは難しい状況にある。そのような現状をふまえると、新卒人材のスキル向上を実現するために現実的に最も有効な方法は、「産学協同による教育」であると考えられる。

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新卒人材のスキル向上のために採るべき方法
(経済産業省資料)

企業内における人材の育成や、教育機関で実施する教育内容の決定は、本来、各企業・教育機関の自主性に任されるべきものであるため、産学協同による教育が、すべての企業や教育機関にとって最善の策であると断言することは難しい。しかし、情報サービス・ソフトウェア産業全体の状況をふまえるならば、産業の将来を支える専攻人材を育成するために教育界の協力を仰ぐことは、成熟期を迎えたわが国の情報サービス・ソフトウェア産業にさらなる発展をもたらし、産業の未来を切り拓く上で、きわめて重要であると言えるだろう。