高等教育機関に対するニーズ

産業界のニーズ

企業における新卒採用の位置づけ

下図は、情報サービス企業に対して、不足している人材の調達方法を、ITスキル標準に定義されている職種別に尋ねたものである。全体としては、既存社員の育成が主体となっているが、以下では、新卒人材に対する企業の期待に注目することとする。

C121-2-1

不足している人材を確保する方法

((社)情報サービス産業協会「情報サービス産業動向調査 2004年」)

上図では、「プロジェクトマネジメント」や「ITアーキテクト」など、ある程度の経験が必要とされる職種については、新卒採用よりも中途採用を重視する企業の割合の方が若干高くなっている。
それに対して、「ITスペシャリスト」や「アプリケーションスペシャリスト」、「ソフトウェアデベロップメント」などの職種は、新卒人材を重視する企業の割合が、中途採用よりも高くなっている。これらの職種は、新卒人材を採用した後、各社で育成すべき職種であると考える傾向が強いと見られる。

企業は、新卒人材に対して、多様な職種の採用意向を持っているが、その中でも特に、「ITスペシャリスト」や「アプリケーションスペシャリスト」、「ソフトウェアデベロップメント」などの職種に対しては、新卒人材への期待が高い。これらの職種は、エントリレベルとして一般的な職種であり、そこで十分な経験を積んだ後に、「プロジェクトマネジメント」や「ITアーキテクト」、「コンサルタント」などの他職種のミドル/ハイレベルへとキャリアアップしていく際の、キャリアのスタート地点として位置づけられることが多い職種でもある。
新卒人材に対しては、上記のようなエントリレベルの職種に対する企業の期待・需要が高いため、即戦力の供給という意味では、高等教育機関には、これらの職種のエントリレベルとして、新卒人材が、入社後ただちに活躍できるような教育を実施することが求められる。
また、「プロジェクトマネジメント」や「ITアーキテクト」などの他職種についても、新卒人材に対する企業のニーズが存在することや、「ITスペシャリスト」や「アプリケーションスペシャリスト」、「ソフトウェアデベロップメント」などのエントリレベルからキャリアを開始した新卒人材も、その後、職種を転向してキャリアアップを目指す可能性が高いことなどから、高等教育機関には、それらの多様な職種としての将来の活躍を見据えた教育も求められる。

企業が高等教育機関に求める教育の内容

上では、企業における職種別の新卒人材ニーズから、高等教育機関が目指すべき教育の到達点・目標を示したが、次に、その目標達成のために、高等教育機関が具体的に実施すべき教育の内容を把握する。
次の図は、企業が、情報工学系の学科に期待する教育の内容を分野別に示しているが、これによれば、企業が期待する教育は、上位から順に、「システム設計・ソフトウェア設計に関する教育」「通信・ネットワークに関する教育」、「プロジェクトマネジメントに関する教育」、「プログラミング技術に関する教育」、「ソフトウェア工学に関する研究」となっている。
しかし、ここで、企業が“最も期待するもの1つ”として挙げた内容を見ると、「通信・ネットワークに関する教育」は、その回答割合が低くなっており、ここから、「通信・ネットワークに関する教育」は、企業としては、“必須ではないが、可能であればぜひ学んできてほしい内容”として捉えられていることが分かる。
その他の「システム設計・ソフトウェア設計に関する教育」や「プロジェクトマネジメントに関する教育」は、“最も期待するもの”としての回答割合も高くなっており、企業が教育機関に高い期待を寄せていると見ることができる。

C121-2-2

企業が情報工学系学科に期待する教育

(経済産業省「ITサービス産業における新卒の採用等に関する実態調査」平成17年)

上述の結果から、高等教育機関に対して企業のニーズが高い教育は、以下のとおりであると考えられる。

【企業ニーズが高い教育】

  • システム設計・ソフトウェア設計
  • プロジェクトマネジメント
  • ソフトウェアエンジニアリング
  • コミュニケーション
  • プログラミング技術
  • 通信・ネットワーク技術

また、次の図は、組込みソフトウェア技術者に対して、教育機関に対する希望を尋ねた結果であるが、ここでは、「組込みシステム」、「コミュニケーション/プレゼンテーション」、「情報処理技術」、「ソフトウェア設計」などに対する回答が多くなっている。
組込みソフトウェア技術者には、情報サービス産業のIT技術者に求められるようなソフトウェアに関する知識・スキルに加えて、ハードウェア関連の知識・スキルが必須とされる。そのため、ハードウェアに対してソフトウェアを組み込んで動作させる「組込みシステム」に関する教育が強く求められている。

組込みソフトウェア技術者向けの教育として、コミュニケーション等のパーソナルスキルに関する教育のニーズが高いことも注目に値する。しかし、上述の結果にも、「コミュニケーション」が挙げられていることから、これは、職種を問わず、汎用的に求められる共通スキルであると考えられる。

C121-2-4

組込みソフトウェア技術に関する学校教育で最も強化してほしい分野

(経済産業省 「2006年版組込みソフトウェア産業実態調査:技術者個人向け調査」 平成18年8月)

 

学生のニーズ

企業実務に必要な実践的スキルの習得に対する考え方

続いて、高等教育機関にとっての人材の輩出先である産業界ではなく、高等教育機関にとっての顧客とも言える学生や卒業生に対する調査結果を示す。

次の図は、主に情報工学系を専攻する学生に対して、現在の学部学科カリキュラムの満足度を尋ねたものである。これによれば、半分以上の学生が、「非常に満足している」「満足している」と回答しているものの、「あまり満足していない」「全く満足していない」と答えた学生も合わせて4割を超えている。ここでは、現在の大学カリキュラムに満足していない学生も高い割合に上るという結果が示されている。

C121-2-6

現在のカリキュラムに対する学生の満足度

(H17・H18年度に経済産業省が実施した事業の教育訓練受講者アンケートの結果から)
※ 上記アンケートはH17・H18年度の本事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対するアンケート結果を合算したもの。(N=375)

参考までに、自由記述欄に学生が記入したコメントの一部を以下に示す。

現在のカリキュラムに「満足していない」理由

  • 講義を聞いていて、どういうことに利用できるのか、実感が湧かないから。
  • 就職してから役に立ちそうなものや、面白い授業があまり見当たらない。
  • 今後どの程度役立つ内容であるかを考えると疑問がある。もう少し演習を増やしてもいい気がする。
  • 個人的な意見としては、もうちょっと演習(プログラミングやネットワーク関係)を多めにしてもらいたいと思います。
  • 座学が多く、あまりスキルが身に付かない。
  • もっと新しい技術や知識に関する講座を開講すべきだと思う。実践的な講座を多く取り入れて欲しい。
  • 教科書(理論)的な情報関連科目が一通り揃っている点については良いと思うが、一方で実践的な内容(プログラミング、ソフトウェア開発)が少ない。
  • 技術のみが重視され、時代にそぐわない。コミュニケーション力を高める講座を、もっと増やすべき。

自由記述欄には、学生から様々なコメントが寄せられたが、中でも、“就職してから役立つ教育”や“講義(座学)に代わる演習”、“新しい技術”、“コミュニケーション”等の教育を望む声が多い。なお、コメントの中には、“実践的”との用語が見られるが、これは、経済産業省の事業において、情報サービス・ソフトウェア企業が求める人材を育成するための教育を、従来の教育よりも“実践的”と表現していたためであると考えられる。
次の図は、そのような“実践的”なスキルを習得する講座をカリキュラムに取り入れることに対する希望を尋ねた結果である。この図によれば、「そう思う(カリキュラムに取り入れて欲しい)」と回答した学生は、全体の9割近くに上り、そのような実践的な教育が、企業だけではなく、学生にも求められているという事実が示されている。

C121-2-7

実践的なスキルを習得する講座に対する学生のニーズ

(経済産業省「平成17年度 産学協同実践的IT教育基盤強化事業 事業報告書」)
※ 上記アンケートは、標記事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対する受講後アンケートの結果。(N=201)

C121-2-8

実践的なスキルが習得可能なカリキュラムの学生にとっての重要度

(経済産業省「平成17年度 産学協同実践的IT教育基盤強化事業 事業報告書」)
※ 上記アンケートは、標記事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対する受講後アンケートの結果。(N=201)

また、上の図は、実践的なスキルを習得するためのカリキュラムが、学生にとってどれほど重要なのかを把握するために、実践的カリキュラムが学校選択の際の重要な要素になるかどうかを尋ねたものである。その結果、「重要な要素になると思う」「ある程度重要な要素になると思う」と回答した学生を合わせると8割を超え、そのようなカリキュラムの有無が、その教育機関に対する志望を左右する要因になり得る可能性が示されている。

学生が“実践的な教育”に望む内容を大きく“企業実務向けの内容”と“専攻研究に関する内容”に分けて、学生に尋ねた結果が下図である。これによれば、「企業での実務を想定したシステム開発演習・実習」が最も高い割合で挙げられ、それに「企業で使われるシステム開発手法や方法論についての学習」が続く結果となっている。“専攻研究に関する内容”に分類される「専攻分野の技術の基礎となる理論についての学習」や「専攻分野における最先端技術についての学習・研究」に対する回答割合は低く、学生の間では、専攻分野に関する研究よりも、企業実務に関する学習に対するニーズが高いことが分かる。

C121-2-9

情報工学系カリキュラムに必要だと思う学習内容(複数回答可)

 

(H17・H18年度に経済産業省が実施した事業の教育訓練受講者アンケートの結果から)
※ 上記アンケートはH17・H18年度に経済産業省が実施した事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対して、それぞれ実施したアンケートの結果を合算したもの。(N=375)

なお、研究志向や実務志向は、高等教育機関の位置づけや特徴、その目指す教育の目標などによっても異なるため、上記の学生のニーズを、すべての高等教育機関に当てはめることは難しいが、学生全体の傾向として、実践的な教育に対するニーズが高いことは指摘できる。

学生が求める学習内容

現役大学生

次に、実践的な教育に留まらず、カリキュラム全体として、学生が望む具体的な教育内容についてみる。

次の図は、主に情報工学系を専攻する学生に対して、情報工学系の学習内容としてカリキュラムに追加(もしくは強化)して欲しい学習内容を尋ねた結果である。これによると、「プログラミング言語」や「ソフトウェア工学」という回答が多くなっており、企業側が求める教育内容と同じように、学生の間でも、ソフトウェア開発に関する基礎的な知識・スキルの習得に対するニーズが高いと見ることができる。

C121-2-10

情報工学系の学習内容として追加/強化してほしい分野

(H17・H18年度に経済産業省が実施した事業の教育訓練受講者アンケートの結果から)
※ 上記アンケートはH17・H18年度に経済産業省が実施した事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対して、それぞれ実施したアンケートの結果を合算したもの。(N=375)

参考までに、次に、情報サービス・ソフトウェア産業への就業を希望する学生が、興味を持っている仕事の内容を示したが、学生の間では、システム・ソフトウェアの企画や設計・開発など、実際にソフトウェアを設計・開発する仕事に対する興味が高い。
これは、企業が新卒人材に求めるニーズとも一致するものであり、この点において、企業が求める人材と学生の希望は、ある程度合致している。高等教育機関で実践的な教育を行う際には、これらの企業ニーズや学生の希望をふまえて、教育の到達点を設定することが求められる。

C121-2-11

情報サービス・ソフトウェアに関わる仕事のうち興味のある仕事

(H17・H18年度に経済産業省が実施した事業の教育訓練受講者アンケートの結果から)
※ 上記アンケートはH17・H18年度に経済産業省が実施した事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対して、それぞれ実施したアンケートの結果を合算したもの。(N=342)

 

卒業生

次に、現役の学生ではなく、情報工学系の学部学科を卒業した学生が、専攻教育について評価した調査の結果を示す。
次の図は、学習した内容のうち、卒業後役に立っている分野を尋ねたものであるが、すべての項目において「役立っていない」との回答が多いことから、卒業生の専攻教育に対する全体的な評価は、それほど高くないと言える。

C121-2-12

卒業後役に立っている学習分野

(経済産業省「大学等におけるIT教育実態調査報告書(情報系学科卒業生の視点)」平成16年)

教育内容別に見ると、「プログラミング入門・言語論」「計算機科学」「ネットワーク工学」「オペレーティングシステム」などの分野において教えられた内容は、企業でも役立つと評価されているが、「データベース」「ソフトウェア工学」などの分野で教えられた内容は、企業実務への貢献度が低いと見なされている。

次の図は、上の図よりさらに詳しく、科目(テーマ)別に結果を示したものである。「役に立っている」「十分役に立っている」が多い科目は、上図で上位に挙げられている分野に属するものが多い。それに対して、「機械学習」「AI」「カオス」等のテーマは、企業の実務には「役に立っていない」との評価が多くなっている。

C121-2-13-1

卒業後役に立っている学習科目(その1)

 

C121-2-13-2

卒業後役に立っている学習科目(その2)

 

(経済産業省「大学等におけるIT教育実態調査報告書(情報系学科卒業生の視点)」平成16年)

また、次の図は、情報工学系の教育に追加して欲しい内容を尋ねたものであるが、各カテゴリ(教育形態・内容)の上位には、「実習・演習」が挙げられている。また、最も多い回答は「ソフトウェア工学」であり、企業の実務に役立つようなソフトウェア工学教育の実現や、各分野での演習の実現が強く望まれていることが分かる。
また、同じ調査に寄せられた大学教育に対する要望(自由記入)のうち、類似の回答を多い順に示しているが、最も多かった要望は「実践から理論・基礎を学ぶ」というものであった。他にも、「理論・基礎の充実」という要望も多く見られ、大学教育に対して、実践性の強化を望むと共に、その基盤としての理論・基礎教育を充実して欲しいという卒業生の希望が読み取れる。
また、既出の現役学生に対するコメントにも記入されていた“学んだ内容が何の役に立つのか分からない”という点についても、同様の認識が多いと見られ、「学問・技術の必要性に関する教育」が必要であるとの意見も多く寄せられている。

C121-2-14

情報工学系教育に追加してほしい内容

(経済産業省「大学等におけるIT教育実態調査報告書(情報系学科卒業生の視点)」平成16年)

C121-2-15

大学教育への要望

(経済産業省「大学等におけるIT教育実態調査報告書(情報系学科卒業生の視点)」平成16年)

以上をふまえ、高等教育機関に対する学生・卒業生のニーズを整理すると、以下のようになると考えられる。

学生・卒業生のニーズが高い教育】

  • 学問・技術の必要性に関する教育
  •  
  • 計算機システムに関する実習・演習
  • プログラミング言語
  • 情報処理に関する実習・演習
  • ソフトウェアエンジニアリング
  • (理論・基礎の充実)
  • システム開発演習
  •  
  • (実践からの理論・基礎を学ぶ演習)
  • 有効な教育方法

     

    上記では、教育の内容について見たが、以下では、実践的な教育を行う際の「教育方法」について記す。
    次の図は、経済産業省が実施した実践的IT教育に関する事業において、実際に体験・経験した教育訓練方法のうち、役に立っている方法を(最大2つまで)回答するよう求めた設問の結果である。この結果からは、実践的な教育にとっては「実習・ケーススタディ」の効果が最も高いことが分かる。また、「講義・座学」に関しては、そこで得られた知識が役に立ったとの理由により、上位に挙げられている。

    C121-2-16

    実際に役に立っている教育訓練方法

    (H16年度に経済産業省が実施した事業の教育訓練受講者アンケートの結果から)
    ※ 上記アンケートは、H14年度補正事業に経済産業省が実施した事業の教育訓練受講者(社会人を含む)に対して、翌年度に実施したフォローアップアンケートの結果。(N=581)

    注目すべきは、一般に効果が高いと思われることが多い「インターンシップ・OJT」や「グループ学習」の回答が、それほど高くないことである。これらについては、受講者がそこから効率的に何かを学ぶことができるよう、実施方法に工夫が必要であることが示唆される。例えば、インターンシップやOJTは、実施方法によっては、単なる企業の業務補助になってしまう可能性がある。また、グループ学習についても、グループ分けや、講師指導、役割分担等が適切に行われなければ、受講者のレベル差により、ある受講者が学習についていけなくなる一方で、スキルや知識のある別の受講者には不満足な状況が生み出されてしまうこともある。「インターンシップ・OJT」や「グループ学習」については、このような課題を考慮しながら、適切な方法による実施が必要不可欠であることが把握された。

    これらの結果をふまえると、実践性の高い教育を実施するためには、実務的な要素が含まれるような実習やケーススタディに加えて、従来どおりの講義・座学で補足することや、取り組みに工夫を行った上でインターンシップ・OJT、グループ学習などを、適切に取り入れることが重要であると言える。

    また、組込みソフトウェア技術者に関する教育においても同じようなことが当てはまる。次の図は、学校における技術者教育として有効な教育方法を尋ねた設問の結果であるが、ここでは、実習やケーススタディの一つの形式であると考えられる「プロジェクトベース演習」が最上位に挙げられている。続いて、「企業講師による講義」や「企業実習」などが挙げられており、企業での実務を意識できるような形式が有効であることが分かる。

    C121-2-17

    学校教育における技術者教育で最も有効な教育方法

    (経済産業省「2006年版 組込みソフトウェア産業実態調査報告書-経営者・事業責任者向け調査-」)